トフの抜け出すことを言いつけてしまった。それ以来、抜け出すことを禁ぜられ、監視された。それでも彼はやはり抜け出していた。他のどんな連中よりも、小行商人とその友人らとの方が好きであった。家の者らは外聞にかかわると思った。メルキオルは彼に下賤《げせん》な趣味があるのだと言っていた。ジャン・ミシェル老人は彼がゴットフリートを慕ってるのを妬《ねた》んでいた。そして、優良な社会に接し高貴な方々に仕えるの名誉をもってるのに、そういう卑しい人々と交わって喜ぶほど身を落すのはよくないと、いろいろ説いてきかした。クリストフには気品がないのだと人々は思っていた。
メルキオルの放縦と遊惰とにつれて家計の困難はつのってきたけれど、ジャン・ミシェルがいる間は、どうかこうか生活してゆけた。ただ彼一人が、メルキオルに多少の威力をもっていて、ある程度までその堕落を引止めていた。また彼が受けてる世間の尊敬は、酔漢《よいどれ》の不品行を他人に忘れさせるのに役だたないではなかった。また彼は一家の貧しい暮しを助けてくれた。彼は前音楽長として受けていたわずかな年金のほかに、なお音楽を教えたりピアノの調律をしたりして、いくら
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