に乗じて優者らしく振舞っていた。彼は万事に干渉し、万事におのれの意見をもち出して、芸術や芸術家にたいする頭ごなしの軽蔑を隠さなかった。否むしろそれを看板にして、この音楽家ばかりの親戚の一家を侮辱して喜んでいた。各人について悪い冗談ばかり言っていた。それをまた人々は卑屈にも笑い興じていた。
とくにクリストフは、伯父《おじ》の嘲弄の的《まと》となっていた。そして彼は我慢強くなかった。厭な様子をして、黙って歯をくいしばった。伯父はそのむっと口をつぐんでるのを面白がった。ところがある日、食事の時テオドルから法外にいじめられると、クリストフは我を忘れて、彼の顔に唾《つば》を吐きかけた。それはたいへんなことだった。異常な侮辱だった。伯父は初めはっとして黙った。次に口を開いて悪罵《あくば》を浴せかけた。クリストフは自分の仕業にぞっとして、椅子《いす》の上に堅くなり、雨と降ってくる拳固《げんこ》を受けても感じなかった。しかし伯父の前に引据えて跪《ひざまず》かせようとされた時、彼は暴《あば》れだし、母をはねのけ、家の外に逃げ出した。息がつけなくなってからようやく野の中に立止った。遠くに自分を呼ぶ声が聞
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