自分の上にも光被《こうひ》してくるかのように楽しんでいた。そしていくら平然と構えていようとしても、顔が輝いていた。クリストフが宮邸へ行った晩には、いつもジャン・ミシェル老人は、なんらかの口実を設けてルイザのところに留っていた。子供らしくやきもきしながら、孫の帰りを待っていた。そしてクリストフがもどってくると、何気ないふうでまず彼に言葉をかけた。つまらない問いのこともあった。
「どうだい、今夜はうまくいったかい。」
あるいは、わざとらしい遠回しの言葉のこともあった。
「さあクリストフ坊やのお帰りだ、何か珍しいことを話してくれるだろう。」
あるいは、おだてるためのうまいお世辞のこともあった。
「家の若様、おめでとう!」
しかしクリストフは、むっとして苛立《いらだ》っていて、ごく冷やかに「今晩は!」と一言|挨拶《あいさつ》を返すばかりで、隅の方へ行って口をとがらすのであった。老人はしつこく言い寄って、いっそう明らさまな問いをかけたが、子供はただはいとかいいえとか答えるばかりだった。他の者もいっしょになって、種々こまかなことを尋ねだした。クリストフはますます顔をしかめた。むり強《じ》いに返事をさせなければならなかった。しまいには、ジャン・ミシェルはじれて腹をたてて、侮辱的な言葉を発した。クリストフはあまり敬意のこもらない言葉で言い返した。そしてついには露骨な反感となった。老人は扉《とびら》をばたりとしめて帰って行った。かくてクリストフは、それらあわれな人々の喜びをそこなってしまうのだった。彼らには彼の不機嫌《ふきげん》なわけが少しもわからなかった。彼らは従僕的な魂の者であるとはいえ、それは彼らの罪ではなかった。自分らと異なった気質の者もいるということを彼らは思いもつかなかった。
クリストフは自分自身のうちに沈潜していった。そして家の者らを批判しなくても、自分と彼らとを隔つる溝渠《みぞ》を感じていた。彼は確かにそれを誇張して見ていたであろう。たとい思想は異なっていても、彼がもしうち明けて話すことができたら、おそらく彼らから理解せられたかもしれない。しかしながら、親と子とが最もやさしい愛情をたがいにもってる時でさえも、両者の間の絶対の親和ほどむずかしいものはない。一方では、敬意があるので、心の中をうち明けようという勇気がくじかれる。他方では、年齢と経験とにおいて優《まさ
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