て猿《さる》がおかしな踊をおどり、方々の家でお金やお米などを少しずつもらって、はてしもない旅を続けてるのでした。大きな町や都会をきらって、田舎《いなか》の方ばかりを廻っているのでした。都会よりも田舎の方が、のんびりとして気持ちもよく、お金もかからないというのです。宿屋がないような辺鄙《へんぴ》なところへ行くと、雨の降る間は幾日も神社の中に泊っていたり、天気の日には木影《こかげ》に野宿《のじゅく》したりしました。下にござを敷き上に毛布をかけて、爺さんと猿とは一緒に寝ました。そのござと毛布との外に、小さな桶《おけ》と鍋《なべ》とを持っていて、自分で御飯をたいて食べるのでした。

      三

 さて、猿爺さんの猿が村へ物をもらいに来たとすれば、猿爺さんも村の近くに来てるに違いありません。そして、猿爺さんは[#「猿爺さんは」は底本では「猿爺さんんは」]きっと病気かなんかで動けなくて、猿が一人でやって来るのに違いありません。
「このままほったらかしてもおけまい」
 そう言って村の人達は、猿爺さんの居どころを探《さが》し始めました。けれどもなかなか見付かりませんでした。それにまた猿の方でも、風呂敷《ふろしき》にいっぱい米と野菜とをもらっていったためか、それきり姿を見せませんでした。
「困ったものだな」と村人達は言いました。
 そして、中一日おいた次の日の夕方です。村の若者が一人、やはり猿爺《さるじい》さんの居どころを探しあぐんで、村から半里ばかりある丘のふもとを通っていますと、どこからか、キンショキショキ、キンショキショキ……という気持ちのいい音が聞こえてきました。
「おや」
 若者はびっくりして立ち止まりました。するとやはり、キンショキショキ、キンショキショキ……と、今まで聞いたこともない不思議な音が響いてきます。若者はその音に聞きとれて、ぼんやりその方へ進んでゆきますと、まあどうでしょう。
 丘のふもとの、こんもりと杉の木が五六本茂ってるところに、美しい水がふつふつと湧《わ》き出しています。そしてその側で、赤い布と鈴とをつけた大きな猿が、桶《おけ》でせっせと米をといでいます。その音が、キンショキショキ、キンショキショキ……と、不思議な音楽のように響いています。なおよく見ると、杉の木の下には、髪の毛も髭《ひげ》もまっ白な爺さんが、毛布にくるまってござの上に寝ています。
 若者はあっけにとられましたが、やがて我に返ってみると、それこそまさしく、老人達から聞いた猿爺さんとその猿とに違いありませんでした。
「そうだ、そうだ」
 若者は嬉《うれ》しくなって、爺さんのところへ走って行きました。
「猿爺さんじゃありませんか」
 爺さんは、にっこり笑って若者を迎えました。
「とうとう見付かったかな。……猿めがあんたの村でいかいお世話《せわ》になったそうで……」
 そこで若者は、村中大騒ぎをして爺《じい》さんを探してることや、病気なら村に来て養生《ようじょう》するがいいということなどを、熱心に言い立てました。
 爺さんは頭を振って答えました。
「いや、この上あんたの村の人達に世話《せわ》をかけてはすまん。それに、ここにこうして寝ている方が、結局わしには気楽だからのう。……まあちょっと、あの泉の水を飲んでみなされ」
 そこで若者は、何の気もなく泉の水を一|掬《すく》いして飲んでみますと、びっくりして眼を白黒させました。おいしいの何のって、蜜《みつ》と氷砂糖《こおりさとう》と雪とをまぜたようなたまらない味でした。
「わしがここまで来かかるとな」と爺さんは話してきかせました。
「急に病気で動けなくなってしまったのさ。そこで杉の木の下に寝たがのう、喉《のど》が渇《かわ》いて仕方《しかた》ないから、猿《さる》めに水がほしいと言うとな、猿めがいきなりそこを掘り始めた。何するのかと思っていたら、その掘った穴から、あの通りうまい水が湧《わ》き出してきた。これはわしの知恵にも及ばんことで、ほとほと感心させられましたわい。……そこで、わしはその水を飲んでいくらか気持ちがよくなったがなあ、次にはお米がないという始末なんさ。で猿めを一人であんたの村にやって、お米や野菜をもらって来させたんだがなあ、お影《かげ》で助かりました。もうわしの病気もあらかたよくなったで、心配して下さらんでもよい。そう村の衆《しゅう》へも言って下されよ」
 若者は爺さんの心を動かすことが出来ないのを見て取って、村へ帰ってゆきました。帰る時にはもう猿は米をといでしまって、それを鍋《なべ》に移してたき火で煮ていました。そして若者の方へ、真面目《まじめ》くさった顔付《かおつき》でお辞儀《じぎ》をしました。

      四

 若者が猿爺《さるじい》さんに逢った話をしますと、村の人達はなぜかしらひどく感
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング