抱えて、一散《いっさん》に走り出しました。子供達も後を追っかけましたが、猿の足の早いの早くないのって、またたくうちにどこへ行ったか見えなくなってしまいました。

      二

 不思議な猿の噂《うわさ》は、たちまち村中の評判になりました。
「どこから来たんだろう。……どうしたんだろう。……何だろう。……不思議だな」
 けれど誰一人としてその猿を知ってる者はありませんでした。
 ところが、その翌日になると、またひょっこりとその猿がやって来ました。やはり赤い布と鈴とをつけ、小さな風呂敷包《ふろしきづつ》みを持っていました。そして村の家の前で踊ってみせました。がこんどは、風呂敷から野菜の切端《きれはし》を取り出して、それをくれと言うようなんです。村の人達は前日の噂《うわさ》でもうよく心得《こころえ》ていますので、大根だのごぼうだの芋《いも》だのいろんな野菜をやりました。猿《さる》はそういうものを風呂敷いっぱいもらいためると、また一散《いっさん》にどこへともなく逃げ失せてしまいました。
 さあ村中の噂はますます高くなりました。けれどやはりどういう猿だか知ってる者はありませんでした。
 すると、猿をちらと見たという村の老人の一人が、こんなことを言い出しました。
「あれは猿爺《さるじい》さんの猿じゃないかな」
 それを聞いて、他の老人達も言いました。
「なるほど、猿爺さんの猿にちがいない」
 そこで、あの猿は猿爺さんの猿だろうということになりましたが、村の若い人達は、その猿爺さんのことをあまりよくは知りませんでした。で老人達はくわしく話してきかせました。
 猿爺さんというのは、五年に一度くらいずつ村に廻ってくる、田舎廻《いなかまわ》りの猿使いの爺さんでした。長い髪の毛も胸に垂れてる髭《ひげ》も、昔からまっ白であって、日に焼けた額《ひたい》には深い皺《しわ》がよっていて、幾《いく》つになるのか年齢《とし》のほどもわかりませんでしたが、方々の国で様々なものを見てきて、人の知らない不思議なことを知っている、妙な人だそうでした。そして、この爺さんの連れてる猿がまた、非常に大きな年とった猿で、いつも背中に赤い布をつけ首に鈴をつけて、爺さんと友達のように並んで歩いていて、爺さんの言葉は何でもよく聞き分けるのだそうでした。
 そしてこの二人は、爺《じい》さんがいろんな歌をうたいそれにつれ
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