ぞ。」
 はっはっは……私はなお笑いながら、横手の小窓を開くと、なんと、そこに、鉄棒が並んでいるのだ。私はそれにとびついて、更に足でもつかまって、四肢でぶら下りながら、ううう……と揺りはじめた。
 息切れがして、顔が熱くなった。
 飛びおりると、小野は呆気にとられてつっ立っていた。
「オランウータンだ。」
 じっと見つめた時、小野はふいに、顔色を変えた。一瞬、それが長い時間のようで、私たちは眼を見合っていた。小野は一歩よけて、私の肩を捉えた。
「しっかりしろよ。」
 そして私に手を添えて、席につかしてくれた時、私は感じた、私が内心に或る自暴自棄な想念を懐いていて、自殺とか犯罪とかの芽をはぐくんでるんだと、小野が思ったことを。その感じは私を小野から引離し、そして私は小野のことを、愚劣な低俗な奴だと思ったのである。
「オランウータンだ。」
 こんどは、皮肉な落着いた調子で、私はくりかえした。
 小野は眼をしばたたいた。日焼けのした、そして恐らく潮風にも曝されたらしいその顔は、皮膚が厚く強いが、或る窶れと衰えとを底に見せていた。学生時代の敏活な血液と筋肉とはもうなかった。その代りに、感覚の鈍い貪婪な食欲を、私は驚嘆させられることになった。なお二三ヶ所、私たちは食い且つ飲んで歩いた。すっかり酔った。
 再会を約して小野を自動車に送りこんだ後、私は一人で暫く歩いた。何かしら胸の中に一杯鬱積したものがあった。だがそれを吐き出すべき言葉が見つからなかった。見つからないのは持ち合せがないからだ。稲荷様の前に蹲っても、私は九字の秘言きり、云うべき言葉も、祈るべき言葉も、呪うべき言葉さえも持たなかった。鉄格子につかまってそれを徒らに揺ぶるだけで、何になろう。私の前には、濁り淀んだ掘割りの水が、街路の灯を点々と映していた。それを眺めながら、私の頭には或る映像が蘇っていた。子供の頃、河童の見世物を見たことがあった。赤い毛をしょんぼり生やした頭が、大きな樽の水中に、ぽっかりと浮いてはまた沈んでいた。それは瓢箪に毛をうえ目鼻をつけたもので、水中から糸で引張っているのだと、後で知ったけれど、そう分ってみれば更に嫌だった。瓢箪ならば水に浮きたいだろう。それを、浮いたかと思うと糸で水底から引張りこむのだ。水に溺れる者の頭を、浮ぶひょうしに水中に突っ込むのと同じだ。その映像が、私自身に戻ってくる。
 
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