らも、あいさつをかわさないわけにはゆきませんでした。通りぬけようとしてる男は、そこに住んでる男に言いました。『お前には俺の背中のものが何だかわかるだろう[#「お前には俺の背中のものが何だかわかるだろう」に傍点]。俺は出なけりゃならねえ[#「俺は出なけりゃならねえ」に傍点]。お前は鍵を持ってるようだから[#「お前は鍵を持ってるようだから」に傍点]、それを俺に貸してくれ[#「それを俺に貸してくれ」に傍点]。』ところで、その囚徒は恐ろしく強い奴《やつ》でした。拒むわけにはゆきません。けれども鍵《かぎ》を持ってる男は、ただ時間を延ばすためにいろんなことをしゃべりました。彼はその死んだ男をよく見ましたが、ただ年が若く、りっぱな服装《なり》をして金持ちらしく、また血のために顔の形もわからなくなってるというほかは、何にもよくわかりませんでした。それで、しゃべってるうちに彼は、人殺しの男に気づかれないように、そっとうしろから、殺された男の上衣の端を裂き取りました。言うまでもなく証拠品としてです。それによって事件を探索し犯罪者にその犯罪の証拠品をつきつけてやるためです。彼はその証拠品をポケットにしまいま
前へ
次へ
全618ページ中586ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング