しょに並ぶというだけである。そして新来の者は皆一つのわずらいとなってくる。もう他人を入れる余地はない。日常の習慣がすっかりでき上がっている。ジルノルマン老人には、フォーシュルヴァン氏とかトランシュルヴァン氏とかいう「そんな人」はこない方がよかったのである。彼は言い添えた。「ああいう変わり者は何をするかわかったものではない。ずいぶん奇抜なことをやる。と言ってその理由は何もない。カナプル侯爵はもっとひどかった。りっぱな邸宅を買い入れて、自分はその物置きに住んでいた。ああいう人たちは表面《うわべ》だけ変なことをしてみたがるものだ。」
だれもその凄惨《せいさん》な裏面には気づく者はなかった。第一どうしてそんなことが推察し得られたろう? 印度にはそういう沼がいくらもある。異様な不思議な水がたたえていて、風もないのに波を立て、静穏であるべきなのが荒れている。人はただその理由もない混乱の表面だけをながめる。そして底に水蛇《みずへび》がのたうっていることを気づかない。
多くの人もそういう秘密な怪物を持っている、心中にいだいている苦悩を、身を噛《か》む竜《りゅう》を、内心の闇《やみ》の中に住む絶望を
前へ
次へ
全618ページ中525ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング