て外からながめたところによれば、彼は既に長い以前から謹直の僕《しもべ》となっていた。かかる正と善との発動は下賤《げせん》な性格者にはあり得べからざることである。良心の覚醒《かくせい》、それは魂の偉大さを示すものである。
 ジャン・ヴァルジャンは誠実であった。その誠実さは、目に見えるものであり、手に触れられるものであり、否定し得べからざるものであり、そのために彼が自ら受けた悲痛の情によっても明らかに知らるるものであって、真実か否かの穿鑿《せんさく》を不用ならしめ、彼が言ったすべてに権威を与えていた。かくてマリユスは不思議な地位にはさまれた。フォーシュルヴァン氏の口から出てくるものは、すべて不誠実であり、ジャン・ヴァルジャンの口から発するものは、すべて誠実であった。
 マリユスは種々考慮してジャン・ヴァルジャンに対する不思議な貸借表を作ってみ、その貸しと借りとを調べ上げ、一つの平均点に達せんとつとめた。しかしそれらはすべてあたかも暴風雨の中にあるがようだった。マリユスはその男に対して明確な観念を得ようとつとめ、言わばジャン・ヴァルジャンの思想の奥底まで見きわめようとしたが、彼の姿はいかんと
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