自分の決心をおいていた。結婚するふたりが貧乏だったら貧乏のままにしておいてやれ、甥《おい》にはお気の毒様だ、一文なしの女を娶《めと》るなら彼も一文なしになるがいい。ところがコゼットの持っている百万の半ば以上の金は、伯母《おば》の気に入った、ふたりの恋人に対する心持ちを変えさした。六十万と言えば尊敬に価するものである。そして明らかに彼女は、若いふたりにもう金の必要がなくなった以上、彼らに自分の財産を与えてやるよりほかにしようがなくなったのである。
 新夫婦は祖父の所に住むことに話がまとまっていた。ジルノルマン氏は家で一番美しい自分の室《へや》を是非とも彼らに与えようと思っていた。彼はこう言った。「それでわしも若返る[#「それでわしも若返る」に傍点]。元から考えていたことだ[#「元から考えていたことだ」に傍点]。わしはいつも自分の室で結婚式を行ないたいと思っていたんだ[#「わしはいつも自分の室で結婚式を行ないたいと思っていたんだ」に傍点]。」彼はその室に、優美な古い珍品をやたらに備えつけた。また天井と壁には大変な織物を張らせた。それは彼が一機《ひとかま》そっくり持っていて、ユトレヒト製だと思ってるもので、毛莨色《きんぽうげいろ》の繻子《しゅす》のような地質に蓮馨花色《さくらそういろ》のビロードのような花がついていた。彼は言った。「ローシュ・ギヨンでアンヴィル公爵夫人の寝台の帷《とばり》となっていたのも、これと同じ織物だ。」また彼は暖炉棚《だんろだな》の上に、裸の腹にマッフをかかえてるサクソニー製の人形を一つ据えた。
 ジルノルマン氏の図書室は弁護士事務室となった。読者の記憶するとおり、弁護士たる者は組合評議員会の要求によって事務室を一つ持っていなければならなかったので、マリユスにもその必要があったのである。

     七 幸福のさなかに浮かびくる幻

 ふたりの恋人は毎日顔を合わしていた。コゼットはいつもフォーシュルヴァン氏と共にやってきた。ジルノルマン嬢は言った。「こんなふうに嫁さんの方からきげんを取られに男の家へやって来るのは、まるでさかさまだ。」けれどもマリユスはまだ回復期にあったし、フィーユ・デュ・カルヴェール街の肱掛《ひじか》け椅子《いす》はオンム・アルメ街の藁椅子《わらいす》よりもふたりの差し向かいに好都合だったので、自然とコゼットの方からやって来る習慣に
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