ながら、自分の瞑想《めいそう》の重みの下に、彼は頭を下げていた。それは自然のことではあるが、あまり上手なやり方ではなかった。彼が頭を上げた時、もうそこにはだれもいなかった。男は森と薄暗がりとの中に消えてしまっていた。
「畜生め、」とブーラトリュエルは言った、「今一度見つけ出してやらあ。どこの奴《やつ》かさがし出してやらあ。うろついてる盗賊め、何かわけがあるに違いねえ。嗅《か》ぎ出してやるぞ。この森の中で、俺《おれ》に内密《ないしょ》で仕事をしようたって、やれるものか。」
 彼は鋭くとがった鶴嘴《つるはし》を取り上げた。
「さあ、」と彼はつぶやいた、「これで地面でも人間でもさがせる。」
 そして糸と糸とをつなぎ合わしてゆくように、男がたどったと思われる道筋にできるだけよく従いながら、彼は木立ちの中を進み始めた。
 大またに百歩ばかり進んだ頃、上りかける太陽の光の助けを得た。所々砂の上についてる足跡、踏みにじられた草、押し分けられた灌木《かんぼく》、目をさましながら伸びをする美人の腕のようなやさしいゆるやかさで、茂みの中に身を起こしつつある曲げられた若枝、そういうものが彼に道筋を示してくれた。彼はそれに従っていった。それからそれを見失った。時は過ぎていった。彼は森の中に深くはいり込んだ。そして一種の高所に達した。ギーユリーの歌の節《ふし》を口笛で吹きながら遠くの小道を通ってゆく朝の猟人をひとり見て、彼は木へ登ってみようと思いついた。年は取っていたがなかなか敏捷《びんしょう》だった。ちょうどそこには、チチルス([#ここから割り注]訳者注 ※[#「木+無」、第3水準1−86−12]の木の下に横たわってる瞑想的な羊飼い――ヴィルギリウスの詩[#ここで割り注終わり])とブーラトリュエルとにふさわしい※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》の大木が一本あった。ブーラトリュエルはできるだけ高くその※[#「木+無」、第3水準1−86−12]に登った。
 それはいい思いつきだった。木立ちが入り組んで森が深くなってる寂然《せきぜん》たる方面をながめ回すと、突然男の姿が見えた。
 しかし男は、見えたかと思うまにまた隠れてしまった。
 男は大木の茂みにおおい隠されてるかなり向こうの開けた場所へ、はいり込んだ、というよりもむしろすべり込んだのである。しかしブーラトリュエルはその開けた
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