いないか、陸地があまり遠いか、特に危険だという評判のある砂床であるか、あたりに勇者がいないかすれば、もう万事終わりである。そのまま没するのほかはない。彼が定められた刑は、恐るべき徐々の埋没で、避け難い執念深いそして遅らすことも早めることもできないものであり、幾時間も続いて容易に終わらないものであって、健康な自由な者を立ったままとらえ、足から引き込み、努力をすればするほど、叫べば叫ぶほど、ますます下へ引きずりこみ、抵抗すればそれを罰するかのようにいっそう強くつかみ取り、徐々に地の中に埋めてゆき、しかも、一望の眼界や、樹木や、緑の野や、平野のうちにある村落の煙や、海の上を走る船の帆や、さえずりながら飛ぶ小鳥や、太陽や、空などを、うちながめるだけの余裕を与えるのである。その埋没は、地面の底から生ある者の方へ潮のごとく高まってくる一つの墳墓である。各瞬間は酷薄な埋葬者となる。とらわれた悲惨な男は、すわり伏しまたはおうとする。しかしあらゆる運動はますます彼を埋めるばかりである。彼は身を伸ばして立ち上がり、沈んでゆく。しだいにのみ込まれるのを感ずる。叫び、懇願し、雲に訴え、腕をねじ合わせ、死者狂いとなる。もう砂は腹までき、次に胸におよぶ。もう半身像にすぎなくなる。両手を差し上げ、恐ろしいうなり声を出し、砂浜の上に爪《つめ》を立ててその灰のようなものにつかまろうとし、半身像の柔らかい台から脱するため両肱《りょうひじ》に身をささえ、狂気のように泣き叫ぶ。砂はしだいに上がってくる。肩におよび、首におよぶ。今や見えるものは顔だけになる。大声を立てると、口には砂がいっぱいになる。もう声も出ない。目はまだ見えているが、それもやがて砂にふさがれる。もう何も見えなくなる。次には額が没してゆく。少しの髪の毛が砂の上に震える。一本の手だけが残って、砂浜の表面から出て動き回る。それもやがて見えなくなる。そして一人の人間が痛ましい消滅をとげるのである。
時には騎馬の者が馬と共に埋没することもあり、車を引く者が車と共に埋没することもある。皆砂浜の下に終わってしまう。それは水の外の難破である。土地が人を溺《おぼ》らすのである。土地が大洋に浸されて罠《わな》となる。平地のように見せかけて、海のように口を開く。深淵《しんえん》もそういうふうに人を裏切ることがある。
かかる悲惨なできごとはある地方の海浜には
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