らの間につまずき急斜面に足を取られてる兵士らを、ねらい打ちに薙《な》ぎ倒した。前に述べたような築き方をして巧妙に固められてるその防寨は、一握の兵をもって一軍をも敗走させ得る地の利を実際有していた。けれども襲撃隊は、絶えず援兵を受けて弾丸の雨下する下にもますます数を増し、いかんともすべからざる勢いで寄せてきた。そして今や少しずつ、一歩一歩、しかも確実に防寨に迫ってきて、あたかも螺旋《らせん》が圧搾器をしめつけるようなものだった。
 襲撃は相次いで行なわれた。危険は刻々に増していった。
 その時、この舗石《しきいし》の上において、このシャンヴルリー街のうちにおいて、トロイの城壁にもふさわしい争闘が起こった。憔悴《しょうすい》しぼろをまとい疲れ切ってる防寨の人々は、二十四時間の間一食もせず、一睡もせず、余すところは数発の弾のみとなり、ポケットを探っても弾薬はなく、ほとんど全員傷を受け、黒くよごれた布片で頭や腕をまき、着物には穴があいてそこから血が流れ、武器としては悪い銃と古い鈍ったサーベルにすぎなかったが、しかもタイタン族のように巨大となったのである。防寨《ぼうさい》は十回の余りも攻め寄せられ、襲撃され、よじ登られたが、決して陥落はしなかった。
 この争闘のおおよそのありさまを知らんとするならば、恐ろしい勇気の堆積に火をつけ、その燃え上がるのを見ると思えば大差はない。戦いではなくて火炉の内部であった。口は炎の息を出し、顔は異様な様《さま》に変わり、人間の形が保たれることはできないかのようで、戦士らは皆燃え上がっていた。そして白兵戦の火坑精らがそのまっかな煙の中に行ききするのは、見るも恐ろしい光景だった。その壮大なる殺戮《さつりく》が相次いで各所に起こる光景をここに描写することはやめよう。一戦闘をもって一万二千の句を満たす([#ここから割り注]訳者注 イリヤードのごとく[#ここで割り注終わり])の権利は、ただ叙事詩のみが有するのである。
 十七の奈落《ならく》のうちの最も恐るべきもので、吠陀《ヴェダ》の中で剣葉林[#「剣葉林」に傍点]と呼ばれてるあのバラモン教の地獄のありさまも、かくやと思われるほどだった。
 彼らは敵を間近に引き受け、ピストルやサーベルや拳固《げんこ》で接戦し、遠くから、近くから、上から、下から、至る所から、人家の屋根から、居酒屋の窓から、またある者は窖《
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