Aあたしはその鉄砲の口に手をあてたわ。ほんとに変ね。でもあなたより先に死にたかったからよ。弾《たま》を受けた時、あたしはここまではってきたの。だれにも見つからず、だれからも助けられなかった。あたしあなたを待ってたわ。きなさらないのかしら、とも思ったの。あああたしは、上衣をかみしめたり、どんなに苦しんだでしょう。でも今はもう何ともない。あなたは覚えていて? あたしがあなたの室《へや》にはいって鏡に顔を映してみたあの日のこと、それからまた、日雇《ひやと》い女《おんな》たちのそばで大通りであなたに会った日のことも。小鳥が歌ってたわ。そう長い前のことでもないわ。あなたはあたしに百スー([#ここから割り注]五フラン[#ここで割り注終わり])下すったわね。あなたのお金なんかほしいんじゃない、とあたしは言ったでしょう。あなたせめてあの金を拾ったでしょうね。あなたは金持ちじゃないんだもの。あたしあの金を拾いなさいとあなたに言うのを忘れたのよ。日が照っていて、寒くはなかったわね。マリユスさん、あなた思い出して? おおあたしほんとにうれしい。みな死んでしまうんだわ。」
彼女の様子は、気も狂わんばかりで、しかもまじめで悲痛だった。裂けた上衣からはあらわな喉元《のどもと》が見えていた。口をききながら射貫かれた手を胸に当てていたが、そこにもも一つ穴があいていて、開いた樽《たる》から葡萄酒《ぶどうしゅ》がほとばしり出るように刻々に血潮が流れ出ていた。
マリユスはそのあわれな女を、深い惻隠《そくいん》の情で見守っていた。
「ああ、」と突然彼女は言った、「また始まった。息がつまりそう!」
彼女は上衣をつかんで歯で食いしめた。その両膝《りょうひざ》は舗石《しきいし》の上に固くなっていた。
その時、少年ガヴローシュの若々しい声が防寨《ぼうさい》の中に響いた。彼は銃に弾《たま》をこめるためにテーブルの上に上がり、当時よくはやっていた小唄《こうた》を快活に歌ったのである。
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ラファイエットの姿を見、
憲兵どもはくり返す、
逃げろ、逃げろ、逃げろ!
[#ここで字下げ終わり]
エポニーヌは身を起こして耳を澄ました。それからつぶやいた。「そうだ。」
そしてマリユスの方を向いて言った。
「弟がきてるのよ。見つかっては困るわ。文句を言うに違いないから。」
「弟だって?」とマリユスは尋ねた。彼は心の底の最も苦しい悲しい奥で、父から遺言されたテナルディエ一家の者に対する義務のことを考えていたのである。「弟というのはどの男だ?」
「あの子供よ。」
「歌を歌ってるあの子供?」
「ええ。」
マリユスは身を動かした。
「ああ行ってはいや!」と彼女は言った、「もうあたし長くもたないから。」
彼女はほとんど半身を起こしていた。しかしその声はごく低くて、吃逆《しゃくり》に途切れていた。間を置いては時々、死にぎわのあえぎが口をきくのを妨げた。彼女はできるだけ近く自分の顔をマリユスの顔に寄せていた。そして異様な表情をして言い添えた。
「聞いて下さいな、あたしあなたをだますのはきらいだから。ポケットの中に、あなたあての手紙を持ってるのよ。昨日《きのう》からよ。郵便箱に入れてくれと頼まれたのを、取って置いたのよ。あなたに届くのがいやだったから。だけど、あとでまた会う時、あなたから怒《おこ》られるかも知れないと思ったの。また会えるのね。あの世で。手紙を取って下さいな。」
彼女は穴のあいた手で、痙攣《けいれん》的にマリユスの手をつかんだ。もう痛みをも感じていないらしかった。そしてマリユスの手を自分の上衣ポケットにさし入れさした。マリユスは果たしてそこに紙があるのを感じた。
「取って下さい。」と彼女は言った。
マリユスは手紙を取った。
彼女は安心と満足との様子をした。
「さあその代わりに、約束して下さいな……。」
そして彼女は言葉を切った。
「何を?」とマリユスは尋ねた。
「約束して下さい!」
「ああ約束する。」
「あたしが死んだら、あたしの額に接吻《キス》してやると、約束して下さい。……死んでもわかるでしょうから。」
彼女はまた頭をマリユスの膝《ひざ》の上に落とし、眼瞼《まぶた》を閉じた。彼はもうそのあわれな魂が去ったと思った。エポニーヌはじっと動かなかった。すると突然、もう永久に眠ったのだとマリユスが思った瞬間、彼女は静かに、死の深い影が宿ってる目を見開いた。そして他界から来るかと思われるようなやさしい調子で彼に言った。
「そして、ねえ、マリユスさん、あたしいくらかあなたを慕ってたように思うの。」
彼女はも一度ほほえもうとした。そして息絶えた。
七 距離の推測に巧みなるガヴローシュ
マリユスは約束を守った。彼は冷たい汗がにじんでる青ざ
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