ミっくり返した大馬車でできていて、警視庁から三百歩の所にあった。
メネトリエ街の防寨では、りっぱな服装をした一人の男が働いてる者らに金を分配していた。グルネタ街の防寨では、騎馬の男がひとり現われて、防寨の首領らしく思える者に金包みらしいものを手渡しした。「これは入費や酒やその他の代だ[#「これは入費や酒やその他の代だ」に傍点]」と彼は言った。襟飾《えりかざ》りをつけていない金髪の青年が、各防寨の間を駆け回って命令を伝えていた。剣を抜き青い警官帽をかぶったもひとりの男は、方々に哨兵《しょうへい》を出していた。各防寨の内側では、居酒屋や門番小屋などが衛舎に変わっていた。その上この暴動は、きわめて巧妙な戦術によって按配《あんばい》されていた。狭くて不規則で曲がりくねって入り組んでる街路がみごとに選まれていた。ことに市場付近はそうであって、各小路は入り乱れて森の中よりも更に紛糾した網の目を作っていた。「人民の友」の仲間がサント・アヴォア街区で反乱の指揮を執ってるという噂《うわさ》もあった。ポンソー街で殺されたひとりの男の死体をさがすと、パリーの図面がポケットから出てきた。
しかし実際この暴動の指揮を執っていたものは、空中に漂ってる言い知れぬ一種の精悍《せいかん》な気であった。反乱はにわかに一方の手で防寨《ぼうさい》を築き、一方の手でほとんどすべての要所をつかんでしまった。三時間足らずのうちに、燃えひろがる導火線のように、暴徒は各所を襲って占領した。セーヌ右岸では、造兵廠《ぞうへいしょう》、ロアイヤル広場の区役所、マレーの全部、ポパンクール兵器廠、ガリオト、シャトー・ドー、市場付近の全市街、またセーヌ左岸では、ヴェテランの兵営、サント・ペラジー、モーベール広場、ドゥー・ムーランの火薬庫、市門の全部。午後の五時には、バスティーユやランジュリーやブラン・マントーも暴徒の手に帰した。その偵察兵《ていさつへい》はヴィクトアール広場に達し、フランス銀行やプティー・ペール兵営や中央郵便局などを脅かしていた。パリーの三分の一は暴動の中にあった。
各方面で戦闘は猛烈に行なわれていた。そして敵の武器を奪い、人家の中を捜索し、武器商の店に直ちに侵入したために、戦《いくさ》は投石に始まったが次いでは銃火をもってするに至った。
晩の六時ごろ、ソーモンの通路は戦場と化した。暴徒はその一端におり
前へ
次へ
全361ページ中260ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング