ェの上には、男や女や子供の頭が重なり合い、その目には不安の色が満ちていた。通ってゆくのは武装した群集であり、ながめているのは慴《おび》えた群集であった。
 政府の方では目を配っていた。剣の※[#「木+覇」、第4水準2−15−85]《つか》に手をかけて目を配っていた。ルイ十五世広場には、馬にまたがりラッパを先頭にした四個中隊の重騎兵が、弾薬盒《だんやくごう》をふくらし小銃や短銃に弾丸をこめ、今にも出動せんとしてるのが見られた。ラタン街区や動植物園の付近には、市の守備兵が街路ごとに並んでいた。葡萄酒市場《ぶどうしゅいちば》には竜騎兵の一個中隊、グレーヴには軽騎兵第十二大隊の半数、バスティーユに他の半数、セレスタンに竜騎兵第六大隊、ルーヴルの中庭には砲兵がいっぱいになっていた。その他の軍隊は各兵営のうちに駐屯《ちゅうとん》しており、その上パリー近郊の各連隊が控えていた。不安な政府は、恐ろしい群集に対して、市中に二万四千の兵士と市外に三万の兵士とを配っていた。
 種々の風説が行列のうちには流布されていた。正統派の陰謀があるとも言われていた。帝国の上にいただかんと群集が指名した時に神より死を定められたライヒシュタット公([#ここから割り注]ナポレオン二世[#ここで割り注終わり])のことも語られていた。だれだったか今に不明なあるひとりの男は、買収されたふたりの監督が約束の時にある兵器廠《へいきしょう》の門を人民に開いてくれることになっている、と言いふらしていた。多くの人々のあらわな額の上には、重苦しそうな興奮の色が漂っていた。また、激烈なしかし貴《とうと》い情熱にとらわれているその群集の中には、まったく悪人らしい顔つきや「略奪しろ」と叫ぶ卑しい口つきの者も、あちらこちらに見えていた。沼の底をかき乱して水中に泥の濁りを立てるような、ある種の動揺も世にはある。「りっぱな」警官らにはよくわかっている現象である。
 行列はもどかしいほどゆっくりと、死者の家から各大通りを通って、バスティーユまで進んでいった。時々雨が降ったが、群集はいっこう平気だった。その間にはいろんなできごとが起こった。柩《ひつぎ》はヴァンドームの円塔([#ここから割り注]大陸軍記念塔[#ここで割り注終わり])のまわりを引き回された。帽子をかぶったまま露台にいたフィツ・ゼームス公に多くの石が投げられた。ゴールの鶏([#
前へ 次へ
全361ページ中254ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング