ノ通うことの方を容易になし得たろう。ある時、月の光の下で、コゼットが地面に何か拾おうとして身をかがめ、その襟が少し開いて首筋がちらと見えた時、マリユスは目をそらしたのだった。
それらふたりの間には何が起こったか。否何事も。ふたりはただ互いに欽慕《きんぼ》し合ったばかりである。
夜、ふたりがそこにいる時、庭は生きてる神聖なる場所のようになった。あらゆる花は彼らのまわりに開いて香気を送り、彼らはその魂を開いて花の間にひろげた。放逸強健な植物は養液と陶酔とに満たされて無垢《むく》なふたりのまわりに身を震わし、ふたりは樹木もおののくばかりの愛の言葉を言いかわした。
ふたりの言葉は何であったか。それはただ息吹《いぶき》であった。それ以上のものではなかった。その息吹だけですべて自然を乱し感動させるに足りた。木の葉の下を吹く風のままに、煙のように吹き去られ散らさるるそれらの睦言《むつごと》は、書物の中で読んだばかりでは、その魔術的な力を感ずることは難いだろう。ふたりの恋人のささやきから、魂より発して竪琴《たてごと》のように伴奏する旋律を取り去る時、あとに残るものはもはや一つの影にすぎない。「なんだ、そんなことか!」と人は言うであろう。まさしくそれは小児の言葉であり、幾度もの繰り言であり、ゆえなき笑いであり、無益なものであり、たわけたものであり、しかも世に最も崇高深遠なものである。語られ聞かれるに価する唯一のものである。
それらのたわけた無用な言葉こそ、かつてこれを耳にせず、かつてこれを口にしなかった者は、愚人であり悪念の人であろう。
コゼットはマリユスに言った。
「あなた知っていて?……」
(かかる愛のうちに浸り、その潔《きよ》い処女性を通して、互いにいかなる調子で語っていいかを知らないで、いつとはなくふたりはごくへだてのない口をきくようになっていた。)
「あなた知っていて? 私はウューフラジーというのよ。」
「ウューフラジー? いやコゼットだよ。」
「でもコゼットというのは、私が小さい時に何でもなくつけられたいやな名前なの。本当の名はウューフラジーというのよ。ウューフラジーという名はおいやなの?」
「好き。……でもコゼットというのも悪かない。」
「ウューフラジーよりそれの方がいいの?」
「でも……ええ。」
「では私もその方がいいわ。そうね、コゼットってかわいい名ね。コ
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