キなわち公正なる状態に、すべてを導くであろう。地と天とから成る一つの力は、人類からいでて人類を統治するであろう。その力こそ奇跡を行なう者である。驚嘆すべき大団円も、異常なる変転と同じく彼にとっては容易である。人間より来る学問と神より来る事変との助けによって、俗人には解決不可能と思わるる矛盾多い問題にも、彼は余り驚かない。彼は巧みに、各事実を対照さして一つの教訓を引き出すとともに、各思想を対照さして一つの解決を引き出す。そして人は、進歩のこの不可思議なる力からすべてを期待することができる。この力は他日、墳墓の奥底において東方と西欧とを対面させ、大ピラミッドの内部においてイマン([#ここから割り注]回教長老[#ここで割り注終わり])とボナパルトを対話させるであろう。
まずそれまでは、人の精神の壮大なる前進のうちには、何らの休止もなく、躊躇《ちゅうちょ》もなく、足を止める暇もない。社会哲学は本質的に平和の学問である。拮抗《きっこう》を研究することによって憤怒を解くことが、その目的であり、またその結果であらねばならない。それは調査し穿鑿《せんさく》し解剖し、次にまた再び組み立てる。すべてから憎悪《ぞうお》を除去しながら、還元の道をたどってゆく。
人間の上に吹きすさむ風のために一社会が覆没することは、しばしば見らるるところである。民衆や帝国の難破は史上に数多ある。颶風《ぐふう》という未知の者が一度過ぎる時、風俗も法律も宗教もすべては吹き去られる。インド、カルデア、ペルシャ、アッシリア、エジプトなどの文明はすべて、相次いで消滅した。なぜであるか。我々はそれを知らない。それらの覆滅の原因は何であるか。我々はそれを知らない。それらの社会はあるいは救われることができるものであったであろうか。それら自身に過失があったのであろうか。破滅を招くべきある致命的な不徳のうちに固執したのであろうか。国民や民族のそれら恐ろしい死滅のうちにはいくばくの自殺が含まっていたであろうか。それは答えのできない問題である。それらの処刑された文明はやみにおおわれている。それらは水底に沈んだがゆえに水におぼれたのである。これ以上を我々は何もいうことができない。そして、過去と呼ばるる大海の底に、世紀と呼ばるる大波のかなたに、すべての暗黒の口から出る恐るべき息吹《いぶき》のために、バビロン、ニニベ、タルス、テーベ
前へ
次へ
全361ページ中194ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング