Wげ、初歩のもっともらしい誤ったる思想を、外観は正しいが実質は不条理なる思想を、自ら遵守《じゅんしゅ》し、自ら身にまとい、多少その影に潜み隠れ、抽象的な名前を取って学説の状態に変形して、不純な混和剤を作る不注意な化学者のごとくに、またそれを服用する衆人のごとくに、知らず知らずのうちに、勤勉な正直な苦しめる群集の間に伝播《でんぱ》していったのである。かかる種類の事実が起こってくる時には、その結果は常に重大である。苦しみは憤怒を生む。そして富裕なる階級が、盲目であるか又は眠っている間に、すなわち目を閉じている間に、不幸なる階級の憎悪《ぞうお》の念は、片すみに夢想している憂鬱《ゆううつ》な又は悪しき精神に炬火《たいまつ》を点じて、社会を調査し始める。憎悪の行なう調査、それは恐るべきものである。
 そこから、もし時代の不幸が望む時には、ジャックリー([#ここから割り注]訳者注 十四世紀ピカルディーにおける賤民の大暴動[#ここで割り注終わり])と昔名づけられたような恐るべき騒擾《そうじょう》が起こってくる。かかる騒擾に比すれば、純粋の政治的動乱などは児戯に等しいものである。それはもはや被圧制者が圧制者に対抗する争いではなく、不如意が安逸に対抗する反抗である。その時すべては崩壊する。
 ジャックリーは民衆の戦慄《せんりつ》である。
 十八世紀の末葉においておそらく全ヨーロッパに切迫していたこの危急を、あの広大なる誠直の行為たるフランス大革命は、一挙に断ち切ったのである。
 剣を装ったる理想に外ならないフランス大革命は、すっくと立ち上がり、同じ急速な動作で、悪の扉《とびら》を閉ざし善の扉を開いた。
 大革命は問題を解決し、真理を普及し、毒気を払い、時代を清め、民衆に王冠を授けた。
 大革命は人間に第二の魂たる権利を与えながら人間を再びつくった、ともいい得るであろう。
 十九世紀はその事業を継承し利用している。そして今日では、前に述べたような社会の破滅は当然起こり得ない。かかる破滅を予言する者は盲者であり、かかる破滅を恐るる者は痴呆《ちほう》である。革命はジャックリーの種痘である。
 革命の恩恵によって社会の情況は変わった。封建的王政的な病はもはや我々の血液の中にはない。我々の政体のうちにはもはや中世は存しない。恐るべき黴菌《ばいきん》が内部に満ちあふれていた時代、恐ろしい響きのか
前へ 次へ
全361ページ中190ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング