ッチはまだできていなかった。フュマードの発火器も当時では進歩した方のものだった。
突然光がきたので、子供らは目をまたたいた。ガヴローシュは樹脂の中に浸した麻糸でいわゆる窖《あなぐら》の鼠なるものの端に火をつけたのだった。光よりもむしろ煙の方を多く出すその窖の鼠は、象の内部をぼんやり明るくなした。
ガヴローシュのふたりの客人は、まわりをながめて、一種異様な感に打たれた。ハイデルベルヒ城の大|樽《たる》の中に閉じこめられでもしたような心地であり、またなおよく言えば、聖書にある鯨の腹の中にはいったというヨナが感じでもしたような心地だった。巨大な骸骨《がいこつ》が彼らの目に見えてきて、彼らを丸のみにしていた。上には、穹窿形《きゅうりゅうけい》の大きな肋骨材《ろっこつざい》が所々に出ている薄黒い長い梁《はり》が一本あって、肋骨をそなえた背骨のありさまを呈し、多くの漆喰《しっくい》の乳房が内臓のようにそこから下がっており、一面に張りつめた広い蜘蛛《くも》の巣は、塵《ちり》をかぶった横隔膜のようだった。方々のすみには黒ずんだ大きな汚点が見えていて、ちょうど生きてるようで、にわかに騒ぎ立って早く動き回った。
象の背中から落ちた破片は、腹部の凹所《おうしょ》を満たしていたので、歩いてもちょうど床《ゆか》の上のような具合だった。
小さい方は兄に身を寄せて、半ば口の中で言った。
「暗いんだね。」
その言葉はガヴローシュの激語を招いた。ふたりの子供の狼狽《ろうばい》してる様子を見ると、少し押っかぶせてやる必要があった。
「何をぐずぐずぬかすんだ?」と彼は叫んだ。「おかしいというのか。いやだと言うのか。お前らはテュイルリーの御殿にでも行きてえのか。ばかになりてえのか。言ってみろ。覚えておれ、俺《おれ》はたわけ者じゃねえんだぞ。お前らはいったい、法皇の小姓みてえな奴《やつ》なのか。」
少し手荒い言葉もこわがってる時には効果がある。それは心を落ち着かせる。ふたりの子供はガヴローシュの方へ近寄っていった。
ガヴローシュはその信頼の様子に年長者らしく心を動かされて、「厳父から慈母に」変わり、年下の方に言葉をかけてやった。
「ばかだな。」と彼は甘やかすような調子に小言《こごと》を包んで言った。「暗いのは外だぜ。外には雨が降ってるが、ここには降っていない。外は寒いが、ここには少しの風もない
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