「畜生、」とガヴローシュは言い続けた、「唐辛《とうがらし》の膏薬《こうやく》みたいなものを着て青眼鏡をかけてるところは、ちょっとお医者様だ。なるほどいいスタイルだ。」
「シッ、」とモンパルナスは言った、「高い声をするな。」
 そして彼は、すぐに店並みの光が届かない所にガヴローシュを連れ込んだ。
 ふたりの子供は手をつなぎ合って機械的にそのあとについていった。
 彼らがある大きな門の人目と雨とを避けた暗い迫持《せりもち》の下にはいった時、モンパルナスは尋ねた。
「俺が今どこへ行くのか知ってるか。」
「お陀仏堂《だぶつどう》([#ここから割り注]絞首台[#ここで割り注終わり])へでも行くんだろう。」とガヴローシュは言った。
「ばか言うな。」
 そしてモンパルナスは言った。
「バベに会いに行くんだ。」
「ああ、」とガヴローシュは言った、「女の名はバベって言うのか。」
 モンパルナスは声を低めた。
「女じゃねえ、男だ。」
「うむ、バベか。」
「そうだ、あのバベだ。」
「あいつは上げられてると思ったが。」
「うまくはずしたんだ。」とモンパルナスは答えた。
 そして彼はこの浮浪少年に、バベはちょうどその日の朝、付属監獄へ護送されて、「審理場の廊下」で右に行く所を左に行ってうまく脱走したことを、かいつまんで話した。
 ガヴローシュはその巧みなやり口に感心した。
「上手なやつだな!」と彼は言った。
 モンパルナスはバベの脱走について二、三の詳しいことをなお言い添えて、最後に言った。
「ところがまだそればかりじゃあねえんだ。」
 ガヴローシュは話を聞きながら、モンパルナスが手に持ってたステッキを取り、そして何とはなしにその上の方を引っ張ってみた。すると刀身が現われた。
「ああ、」と彼はすぐに刀身を納めながら言った、「豪《えら》いやつを隠してるな。」
 モンパルナスは目をまたたいてみせた。
「なるほど、」とガヴローシュは言った、「いぬ[#「いぬ」に傍点]をやっつけるつもりだね。」
「そんなことあわかるもんか。」とモンパルナスは事もなげに答えた。「とにかく一つ持ってる方がいいからな。」
 ガヴローシュはしつこく言った。
「今晩いったい何をするつもりなんだい?」
 モンパルナスはまたまじめな問題に立ち返って、一語一語のみ込むように言った。
「いろんなことだ。」
 そして彼はにわかに話題
前へ 次へ
全361ページ中138ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング