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愛こそは、楽園の空気を吸う天国的な呼吸である。
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深き心の者らよ、賢き精神の者らよ、神の造りたまいしままに人生を受け入れよ。それは長い試練であり、未知の宿命に対する測り難い準備である。この宿命は、真の宿命は、人にとっては墳墓の中に一歩をふみ入れるとともに始まる。その時何物かが現われてき、人は決定的なるものを認め始むる。決定的なるもの、この一語を黙想せよ。生者は窮まりなきものを見る。決定的なるものはただ死者にのみ示される。まずそれまでは、愛し苦しめよ、希望し静観せよ。ああ、肉体と形体と外観とをのみ愛する者は不幸なるかな。死はそれらのすべてを奪い去るであろう。魂を愛することをせよ、さらば魂は死しても再び見いださるるであろう。
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愛をいだいているきわめて貧しいひとりの青年に、私は街路で出会った。帽子は古く、上衣はすり切れ、肱《ひじ》には穴があいており、水は靴《くつ》に通っていた。しかも星はその魂にはいっていた。
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愛せらるるというはいかに偉大なることであるか。愛するというは更にいかに偉大なることであるか! 心は情熱のために勇壮となる。その時心を組み立つるものは至純なるもののみであり、心をささうるものは高きもの大なるもののみである。蕁麻《いらくさ》が氷河の上に生じないごとく、卑しい考えは一つもそこに生ずることを得ない。高き朗らかなる魂は、卑俗なる情熱や情緒の達し得ない所にあって、この世の雲や影、愚蒙《ぐもう》や欺瞞《ぎまん》や憎悪《ぞうお》や虚栄や悲惨、などの上にはるかにそびえ、蒼空《そうくう》のうちに住み、あたかも高山の頂が地震を感ずるのみであるがように、ただ宿命の深い地下の震動を感ずるのみである。
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世に愛をいだく人がなかったならば、太陽も消えうせてしまうであろう。
[#ここで字下げ終わり]
五 手紙を見たる後のコゼット
その手記を読んでるうちに、コゼットはしだいに夢想に陥っていた。最後の一行を読んで彼女が目を上げた時、ちょうど例の時刻で、あの美しい将校が揚々として鉄門の前を通っていった。コゼットは彼をいとうべきものに思った。
彼女はまた手帳をながめ始めた
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