所に立っていた。これもまた、ジャン・ヴァルジャンが自ら定めたらしい常例に反することであり、悲しみのため室内に閉じこもりがちになったコゼットの習慣に反することであった。その時コゼットは化粧着をまとったままで、若い娘を美妙におおい、星にかかった雲のような趣のある起き出たばかりの淡装で立っていた。そして朝日の光を頭に浴び、眠りの足りた薔薇色《ばらいろ》の顔をし、心沈める老人からやさしくながめられながら、雛菊《ひなぎく》の花弁をむしっていた。もとよりコゼットは、あなたを愛する[#「あなたを愛する」に傍点]、少しばかり[#「少しばかり」に傍点]、心をこめて[#「心をこめて」に傍点]、などと言いながら花弁をむしってゆく、あの楽しい習慣を知ってはいなかった。そんなことを彼女に教える者はだれがいたろう? 彼女はただ本能から他意もなくその花をもてあそんでいたのであって、雛菊《ひなぎく》の花弁をむしり取ることはすなわち愛情を摘むことだなどとは、夢にも思っていなかった。古《いにしえ》の三人の美の女神に加えて第四の憂愁の女神というのがあり、しかもそれがほほえんでいるのだとすれば、彼女はまさしくそれであったろう。ジャン・ヴァルジャンはその花の上の小さな指先に見とれて恍惚《こうこつ》となり、その娘から発する光輝のうちにすべてを忘れていた。そばの茂みには一匹の駒鳥《こまどり》が低くささやいていた。白い雲が自由に放たれたかのように楽しく空を渡っていた。コゼットは花弁に心を集めてむしり取っていた。何かを思いふけってるらしかったが、それも楽しいことに違いなかった。と突然彼女は、白鳥のように得も言えぬゆるやかさで頭を肩の上に回らして、ジャン・ヴァルジャンに言った。「お父様、徒刑場とはどんな所でございますか?」
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   第四編 地より来る天の救い


     一 外の傷、内の回復

 彼らふたりの生活は、右のようにしだいに陰鬱《いんうつ》になってきた。
 彼らにはもう一つの気晴らししか残っていなかった。それも以前では一つの幸福となっていたところのものである。すなわち、飢えた者にパンを持っていってやり、凍えた者に着物を持っていってやることだった。そして貧しい人々を訪れる時、コゼットはよくジャン・ヴァルジャンの供をして、ふたりは昔のへだてない気持ちを多少取り返すことができた。時としては、よい
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