Bパリーは流行以上のものを、慣例を作る。もし気が向けばばかとなることもある。時としては自らそういう贅沢《ぜいたく》もする。すると世界はパリーとともにばかとなる。それからパリーは目をさまし、目をこすりながら言う、「ほんとに俺《おれ》はばかげてる!」そして人類の面前に向かって放笑《ふきだ》す。そういう都市は何と驚くべきものではないか。不思議にも、その偉大さとその滑稽《こっけい》さとは親しく隣合い、その威厳はその戯言《ざれごと》から少しも乱さるることなく、同じ一つの口が、今日は最後の審判のラッパを吹き、明日は蘆笛《あしぶえ》を吹き得るのである。パリーは主権的な陽気さを持っている。その快活は火薬でできており、その滑稽は帝王の笏《しゃく》を保っている。その颶風《ぐふう》は時として一の渋面から出て来る。その爆発、その戦乱、その傑作、その偉業、その叙事詩は、世界の果てまでも響き渡る、そしてその諧謔《かいぎゃく》も世界の果てにおよぶ。その笑いはすべての土をはね上げる火山の口である。その嘲弄《ちょうろう》は火炎である。彼は各民衆にその風刺と理想とを課する。人間の文明の最も高い記念塔は、彼の皮肉を受け入れ、彼の悪戯を恒久のものたらしむる。彼は壮大である。彼は世界を開放せしむる偉大なる一七八九年七月十四日を持っている。彼はあらゆる国民に憲法制定の宣誓をなさせる。一七八九年八月四日のその一夜は、わずか三時間のうちに封建制度の一千年を解決した。彼はその理論をもって、満場一致の意志の筋力とする。彼はあらゆる壮大なる形の下に仲間を増してゆく。ワシントン、コスキュースコ、ボリヴァール、ボツァリス、リエゴ、ベム、マニン、ロペス、ジョン・ブラウン、ガリバルディーなど、彼はおのれの光によって彼らを皆満たしてやる。未来が光り輝く所にはどこにも彼はいる、一七七九年にはボストンに、一八二〇年にはレオン島に、一八四八年にはペストに、一八六〇年にはパレルモに。ハーパース・フェヤリーの小舟に集まったアメリカの奴隷廃止党員《どれいはいしとういん》の耳に、またゴツィー旅館の前の海辺アルキーにひそかに集まったアンコナの愛国者らの耳に、彼は自由[#「自由」に傍点]という力強い標榜語《ひょうぼうご》をささやく。彼はカナリスを作り出し、キロガを作り出し、ピザカーヌを作り出す。彼は偉大なるものを地上に光被する。バイロンがミソロンギーで死に、マツェットがバルセロナで死ぬのは、彼の息吹《いぶき》に吹きやられてである。彼はミラボーの足もとでは演壇となり、ロベスピエールの足もとでは噴火口となる。その書籍、その劇、その美術、その科学、その文学、その哲学などは、人類の宝鑑である。パスカル、レニエ、コルネイユ、デカルト、ジャン・ジャック・ルーソーを彼は有し、各瞬間にわたるヴォルテールを、各世紀にわたるモリエールを有している。彼はおのれの言葉を世界の人々の口に話させる、そしてその言葉は「道《ことば》」となる([#ここから割り注]訳者注 太初に道(ことば)あり道は神と偕にあり道は即ち神なり云々――ヨハネ伝第一章[#ここで割り注終わり])。彼はすべての人の精神のうちに進歩の観念をうち立てる。彼が鍛える救済の信条は、各時代にとっての枕刀《まくらがたな》である。一七八九年いらい各民衆のあらゆる英雄が作られたのは、彼の思想家および詩人の魂をもってである。それでもなお彼は悪戯する。そしてパリーと称するこの巨大なる英才は、その光明によって世界の姿を変えながら、テセウスの殿堂の壁にブージニエの鼻を楽書きし、ピラミッドの上に盗人クレドヴィル[#「盗人クレドヴィル」に傍点]と書きつける。
 パリーはいつも歯をむき出している。叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》していない時は笑っている。
 そういうのがすなわちパリーである。その屋根から立ち上る煙は、全世界の思想である。泥《どろ》と石との堆積《たいせき》であると言わば言え、特にそれは何よりも精神的一存在である。それは偉大以上であって、無限大である。そして何ゆえにそうであるか? あえてなすからである。
 あえてなす。進歩が得らるるのはそれによってである。
 あらゆる荘厳なる征服は、みな多少とも大胆の賜物である。革命が行なわれるには、モンテスキューがそれを予感し、ディドローがそれを説き、ボーマルシェーがそれを布告し、コンドルセーがそれを計画し、アルーエがそれを準備し、ルーソーがそれを予考する、などのみにては足りない。ダントンがそれを敢行しなければいけない。
 果敢[#「果敢」に傍点]! の叫びは一つの光あれ[#「光あれ」に傍点]([#ここから割り注]訳者注 神光あれと言いたまいければ光ありき[#ここで割り注終わり])である。人類の前進のためには、常に高峰の上に勇気
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