くなったのであるか?
 それを知る者は、いっさいの暗き所をも見通す者である。
 それはただ一人。それを神という。

     十二 バマタボア氏の遊惰

 すべての小都市には、そして特にモントルイュ・スュール・メールには、一種の青年らがあった。彼らはその同輩がパリーにおいて年に二十万フランを消費すると同じに、地方において年に千五百フランの定収入を浪費する。彼らは中性の大種類に属する。去勢者、寄食者、無能力者ともいうべきもので、少しの土地と少しの無分別と少しの機才とを持っており、社交裏《しゃこうり》に出ては田舎者でありながら、居酒屋においては一かどの紳士だと自惚《うぬぼ》れている。「僕の牧場、僕の森林、僕の小作人」などという口をきく。芝居《しばい》の女優を喝采《かっさい》してはおのれの趣味を示さんとし、兵営の将校と争論してはおのれの勇者なるを衒《てら》い、狩猟をし、煙草をふかし、欠伸《あくび》をし、酒を飲み、嗅煙草《かぎたばこ》をかぎ、撞球《たまつき》をし、駅馬車からおりる旅人に目をつけ、カフェーに入りびたり、飲食店で食事をする。食卓の下では連れている犬に骨をしゃぶらし、その上では情婦に
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