。ヴィクチュルニヤン夫人は五十六歳で、顔が醜いうえに年を取っていた。震え声で移り気だった。こんな婆さんにも不思議と一度は若い時があったのである。その若いころ、一七九三年の騒動最中に、革命の赤帽をかぶって修道院から逃げ出しベルナール宗派から過激民主派へ変節した一人の修道士と、結婚したことがあった。彼女は冷酷で、ひねくれて、頑固で、理屈っぽく、気むずかしく、ほとんど毒薬のような女だった。しかも、自分を押さえつけて意のままにしていたもとの夫の修道士のことをいつも思い出していた。彼女はまったく僧衣に押しつぶされた蕁麻《いらぐさ》だった。王政復古の時に及んで、彼女は信者となり、しかも非常に熱心だったので、教会は彼女に亡くなった夫の修道士の罪を許してくれた。少しの財産があったが、彼女はそれを声を大にしてある宗教的組合に遺贈していた。アラスの司教区では彼女はきわめて敬意を払われていた。そのヴィクチュルニヤン夫人が、モンフェルメイュに行って「子供も見てきました」と言いながら帰ってきた。
それまでになるにはかなり時間がかかった。ファンティーヌは工場にきてもう一年以上になっていた。ところがある日の朝、仕
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