顔を合わせなけれはならないような時には、深い敬意を表しながら口をきいていた。
マドレーヌさんによって持ちきたされたモントルイュ・スュール・メールの繁栄は、前に述べた種々の外見上の徴候ででもわかるが、なお他にも一つの証拠があった。それはちょっと目にはつかないものであるが等しく意義深いものである。そしてそれは常に誤り無いものである。人民が苦しんでいる時、仕事が不足している時、商売が不振である時には、納税者は困窮のために課税を拒みまたは納期を過ごし、政府の方では強制し徴収するために多くの金を浪費する。けれども仕事が多く一般に幸福で富んでいる時には、税金はわけもなく納入せられ、政府の費用は少なくなる。すなわち民衆の貧富は常に正しい寒暖計を、すなわち租税徴収の費用を持っている。ところで、モントルイュ・スュール・メールの郡においては、七年間に租税徴収の費用はその四分の三を減じた。それで時の大蔵大臣ド・ヴィレール氏から特にこの郡を模範としてしばしばあげられたほどであった。
ファンティーヌが戻ってきた時は、その地方は右のような状態であった。がだれももう彼女を覚えていなかった。幸にもマドレーヌ氏の工
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