いた。
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われらにガンの父を返せ、
われらにわれらの父を返せ。
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郭外の大勢の人々は、日曜の晴れ着をつけ、稀《たま》には郭内の者のように百合の花をさえつけて、マリーニーの大小の広場に散らかり、輪遊びをしたり、木馬に乗って回ったりしていた。ある者は酒を飲んでいた。活版屋の小僧らは紙の帽子をかぶってるのもあった。人々の笑い興ずる声は遠くまで聞えていた。すべてが喜びに輝いていた。揺るぎなき平和と王党の確かな安泰との時代だった。警視総監アングレーがパリー郭外に関して王にいたした内密な特別報告が次の数行で結ばれた時代であった。「陛下、すべてを考察するにこれらの人民には何ら恐るべきものなし。彼らはむとんちゃくにして怠慢なること猫《ねこ》のごとし。地方の下層の人民は不安なれども、パリーのそれはしからず。彼らは皆小人どものみなり。陛下、陛下の精兵一人を作らんがためには彼ら二人を接合するを要すべし。首府の賤民《せんみん》につきては少しも恐るるに足らず。五十年以来彼らの身長なお減じたるは著しきことにして、パリー郭外の者らは革命前よりもいっそう矮小《わいし
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