もに近々エークスで判決を下されることになっていた。
人々はその事実を語り合って、皆検事の巧妙さを讃嘆《さんたん》した。彼は嫉妬心を利用して、怒りの念によって真実を現わさせ、復讐心《ふくしゅうしん》から正義を引き出したのであると言われた。司教はそれを黙って聞いていた。そして話が終わると彼は尋ねた。
「その男と女はどこで裁判されるのですか。」
「重罪裁判所においてです。」
司教はまた言った。
「そしてその検事はどこで裁判されるのですか。」
また他の悲惨な一事件がディーニュに起こった。一人の男が殺人罪のために死刑に処せられた。その不幸な男はまったく文盲でもなくまったく無知でもなかった。市場の手品師だったこともあり、代書人だったこともある。その裁判は非常に市人の興味をひいた。死刑執行の前日に監獄の教誨師《きょうかいし》が病気になった。刑人の臨終の折りに立会うため一人の牧師が必要になった。で、主任司祭を呼びにやった。ところが主任司祭は次のように言ってそれを断わったらしい。「それは私の関するところでない。そんな仕事やそんな手品師なんか私の知るところでない。私もまた病気なんです。その上、それは
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