涙を流したのはそれが初めてであった。
ジャン・ヴァルジャンは司教の家から出てきた時、前に述べたとおり、これまでの考えから全く外に出ていた。彼は自分のうちに起こったところのことを自ら了解することができなかった。彼はその老人の天使のごとき行ないや優しい言葉に反抗して心を固くした。「あなたは正直な人間になることを私に約束なすった。私はあなたの魂を購《あがな》うのです。私はあなたの魂を邪悪の精神から引き出して、それを善良なる神にささげます。」そのことがたえず彼の心に返ってきた。彼はその神のごとき仁恕《じんじょ》に対抗せしむるに、吾人の心のうちにある悪の要塞《ようさい》たる傲慢をもってした。彼は漠然と感じていた、その牧師の容赦は自分に対する最も大なる襲撃であり最も恐るべき打撃であって、そのために自分はまだ揺り動かされていると。もしその寛容に抵抗することができるならば、自分のかたくなな心はついに動かすべからざるものであろう、もしそれに譲歩するならば、多くの年月の間他人の行為によって自分の心のうちに満たされ自ら喜ばしく思っていたあの憎悪の念を、捨てなければならないであろう。もうこんどは勝つか負ける
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