敵同士を和解さしてやった。だれもみな彼を裁判官として奉じた、そしてそれも正当であった。彼は自然法則の書籍をもって心としているがようだった。あたかも伝染するがように彼に対する尊敬の念は、六、七年のうちにしだいにその地方全部に広まった。
しかるに、町や地方を通じて、その尊敬の感染を絶対に受けないものがただ一人いた。マドレーヌさんがいかなることをなそうとも、彼はいつもそれに敵意を持ち、あたかも一種の乱し動かすを得ない本能によってさまされ警《いまし》められてるがようだった。実際ある種の人のうちには、あらゆる本能と同じく一つの動物的で純で完全な真の本能がなお存しているらしい。その本能は反感や同感を起こさせ、一性格の者と他の性格の者とを全然分け隔て、また自ら少しも躊躇《ちゅうちょ》することなく、惑うことなく、黙することなく、自らを欺くことなく、自らの愚昧《ぐまい》のうちに揺るがず、知力のあらゆる勧告や理性のあらゆる訴えにも、決して撓《たわ》むことなく、厳として軟化せず、運命がいかなる状態にあろうとも、ひそかに犬人に戒むるに猫人の存在をもってし、狐人に戒むるに獅子人の存在をもってする。
マドレーヌ氏が愛情を含んだ穏かな様子で、万人の祝福にとりまかれながら町を通る時、しばしば鉄鼠色のフロックを着、大きなステッキを手にし、縁を引き下げた帽子をかぶっている背の高い一人の男が、突然彼の後ろからふり向いて、見えなくなるまで後姿を見送ってることがあった。そんな時その男は、腕を組み、軽く頭を振り、下脣と上脣《うわくちびる》とをいっしょに鼻の下までつき出して、一種の意味ありげな、しかめ顔をするのだった。その顔付きを翻訳してみればたぶんこんなことになるらしかった。
「いったいあの男は何者だろう?……確かにどこかで見たようだが。……いずれにしても俺はあんな奴に瞞《だま》されはしないぞ。」
その男はほとんど人を脅威するほどの重々しい様子をしていて、ちょっと見ただけでも人の心をひくような者の一人だった。
彼はジャヴェルといって、警察に出てる男であった。
彼はモントルイュ・スュール・メールで、困難ではあるがしかし有用な方面監察の役目をしていた。彼はマドレーヌのきた当時のことを知らなかったのである。国務大臣で当時のパリーの警視総監をしていたアングレー伯の秘書官シャブーイエ氏の引き立てで、現在の地位を得たのだった。彼がモントルイュ・スュール・メールにきた時には、その大製造業者の財産は既にでき上がり、マドレーヌさんはマドレーヌ氏となっていた。
警察のある種の役人は、陋劣《ろうれつ》と権威との交じった複雑な特別な相貌をそなえてるものである。ジャヴェルは陋劣の方を欠いたその特別な相貌を持っていた。
吾人の確信するところによれば、もし人の魂なるものが目に見えるものであったならば、人間の各個人は各種の動物の何かに相当するものであるという不思議な一事を、人は明らかに知るであろう。そして、蠣《かき》から鷲《わし》に至るまで、また豚から虎《とら》に至るまで、すべての動物が人間のうちに存在し、各動物が各個人のうちに存在しているという、思想家がかろうじて瞥見《べっけん》する真理を、人はたやすく認め得るであろう。時としてはまた数匹の動物がいっしょに一人の人間のうちにあるということをも。
動物は皆、われわれの善徳および悪徳の表象であって、われわれの眼前に彷徨《ほうこう》しわれわれの魂の目に見える幻影にほかならない。神はわれわれを反省せしめんがためにそれをわれわれに示す。ただ動物は影に過ぎないがゆえに、神は厳密なる意味において教育し得るがようには動物を作らなかったのみである。教育が何の役に立とうぞ? これに反してわれわれの魂は現実であり、自己本来の目的を持っているがゆえに、神はそれに知力を与えた、換言すれば教育の可能を。ゆえによく成されたる社会的教育は、いかなる魂にもせよ、魂のうちからそれが有する効用を引き出すことができる。
かく言うのはもとより、表面に表われたる地上の生活に限らるる見地においてであって、人間以外の生物の先天的および後天的性格に関する深い問題を考えてのことではない。目に見える自己のために内部の自己を否定することは、いかなる意味においても思想家には許されないのである。それだけの制限をしておいて先に進もう。
今しばらく、あらゆる人のうちには各種の動物のいずれか一つが存在しているということが許さるるならば、ここに警官ジャヴェルのうちにはいかなるものがいるかを述べるのは、いとたやすいことである。
アスチェリーの農民の間には次のことが信ぜられている。狼《おおかみ》の子のうちには必ず一匹の犬の子が交じっているが、それは母狼から殺されてしまう、もしそうしなければその犬の子
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