に傍点]てしまったのである。
「まあ、市長様、」と彼女はついに叫んだ、「私はあなたのいらっしゃる所は……。」
彼女は言い澱《よど》んだ。その言葉の終わりは初めの言い方に対して敬意を欠くことになるのだった。ジャン・ヴァルジャンは彼女にとってはやはり市長様であった。
彼は彼女の思ってるところを言ってやった。
「牢屋だと思ってたというんだろう。」と彼は言った。
「私はなるほど牢屋にいた。だが私は窓の格子《こうし》をこわし、屋根の上から飛びおり、そしてここにきたのだ。私は自分の室に上がってゆくから、サンプリス修道女を呼びに行ってくれ。きっとあのあわれな女のそばにいるだろうから。」
婆さんは急いでその言葉に従った。
彼は彼女に何らの注意も与えなかった。自分で用心するよりもなおよく彼女は自分を保護してくれることと、彼は信じきっていたのである。
どうして彼が正門をあけさせないで中庭にはいって来ることができたかは、だれにもわからなかったことである。彼は小さな潜《くぐ》り戸を開く合い鍵を持っていて、それを常に身につけてはいた。しかし身体をしらべられてその合い鍵も取り上げられたはずであった。この点は不明のままに終わった。
彼は自分の室に通ずる階段を上がっていった。その上までゆくと、手燭を階段の一番上の段に置き、音のしないように扉を開き、手探りに進んでいって窓と雨戸とを閉ざし、それから手燭を取りに戻ってきて、室の中にまたはいった。
それは有用な注意であった。彼の窓が街路から見えることは読者の思い起こすところであろう。
彼はあたりをじろりと見回した、テーブルや、椅子《いす》や、三日前から手もつけられていない寝台などを。一昨夜の取り乱した跡は少しも残っていなかった。門番の婆さんが「室をこしらえた」のであった。ただ彼女は、鉄のはまった杖の両端と火に黒くなった四十スー銀貨とを、灰の中から拾い上げて丁寧にテーブルの上に置いていた。
彼は一枚の紙を取って、その上にしたためた。「これは我が鉄を着せし杖の両端および重罪法廷にて語りたるプティー[#「これは我が鉄を着せし杖の両端および重罪法廷にて語りたるプティー」に傍点]・ジェルヴェーより奪いし四十スー貨幣なり[#「ジェルヴェーより奪いし四十スー貨幣なり」に傍点]。」そして彼は、その紙の上に銀貨と二つの鉄片とを置き、室にはいれば一番に目に
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