ざめた脣《くちびる》の上と茫然《ぼうぜん》たる瞳のうちとに、言葉に尽し難い微笑の上ってきたのを、彼女ははっきり見たのであった。
 ジャン・ヴァルジャンはその両手にファンティーヌの頭を取り、母親が自分の子供にするようにそれを枕の上にのせ、それからシャツのひもを結んでやり、帽子の下に髪の毛をなでつけてやった。それがすんで、彼はその目を閉ざしてやった。
 ファンティーヌの顔はその時、異様に明るくなったように見えた。
 死、それは大なる光耀《こうよう》への入り口である。
 ファンティーヌの手は寝台の外にたれていた。ジャン・ヴァルジャンはその手の前にひざまずいて、それを静かに持ち上げ、それに脣《くちびる》をつけた。
 それから彼は立ち上がった、そしてジャヴェルの方へ向いた。
「さあ、これから、」と彼は言った、「どうにでもしてもらいましょう。」

     五 ふさわしき墳墓

 ジャヴェルはジャン・ヴァルジャンを市の監獄に投じた。
 マドレーヌ氏の逮捕はモントルイュ・スュール・メールに、一つの感動を、あるいはむしろ非常な動揺を起こした。まことに悲しむべきことではあるが、あの男は徒刑囚であった[#「あの男は徒刑囚であった」に傍点]というそれだけの言葉でほとんどすべての人は彼を捨てて顧みなかったことを、われわれは隠すわけにはゆかない。わずか二時間足らずのうちに、彼がなしたすべての善行は忘れられてしまった、そして彼はもはや「一人の徒刑囚」に過ぎなくなった。ただし、アラスのできごとの詳細はまだ知られていなかったことを言っておかなければならない。終日町の方々で次のような会話がかわされた。
「君は知らないのか、あれは放免囚徒だったとさ。――だれが?――市長だ。――なにマドレーヌ氏が?――そうだ。――本当か。――彼はマドレーヌというのではなくて、何でもベジャンとかボジャンとかブージャンとかいう恐ろしい名前だそうだ。――へーえ!――彼は捕《つかま》ったのだ。――捕った!――護送するまで市の監獄に入れられてるんだ。――護送するって! これから護送するって! どこへ連れて行くんだろう。――昔大道で強盗をやったとかで重罪裁判に回されるそうだ。――なるほど、僕もそんな奴《やつ》だろうと思っていた。あまり親切で、あまり申し分がなく、あまり物がわかりすぎた。勲章は断わるし、餓鬼どもに会えばだれにでも金を
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