ばあるいは判事らの寛大な処置を買い得たかも知れなかった。弁護士もそれを彼に勧めておいたのであった。しかし被告は頑強にそれを否認した。きっと何も自白しなければすべてを救い得ると思ったのであろう。それは明らかに誤りであった。しかしかく思慮の足りないところもよろしく考量すべきではあるまいか。この男は明らかに愚かである。徒刑場における長い間の不幸、徒刑場を出て後の長い間の困苦、それは彼を愚鈍になしてしまったのである。云々《うんぬん》。彼は下手《へた》な弁解をしたが、それは彼を処刑すべき理由にはならない。ただプティー・ジェルヴェーの事件に至っては、弁護士もそれを論議すべきものを持たなかった。それはまだ訴件のうちにはいっていなかったのである。結局、もし被告がジャン・ヴァルジャンと同一人であると認定せらるるにしても、監視違反囚に対する警察法にのみ彼を問い、再犯囚に対する重罪に処せないようにと、弁護士は陪審員および法官一同に向かって懇願しながら、その弁論を結んだ。
 検事は弁護士に対して反駁《はんばく》した。彼は検事の通性として辛辣《しんらつ》でまた華麗であった。
 彼は弁護士の「公明」を祝した、そしてその公明を巧みに利用した。彼は弁護士の認めたすべての点によって被告を難じた。弁護士は被告がジャン・ヴァルジャンであることを認めたがようであった。彼はその点をとらえた。被告はゆえにジャン・ヴァルジャンである。この点は既に起訴のうちに明らかで、もはや抗弁の余地はない。そこで検事は巧みに論法を換えて、犯罪の根本および原因にさかのぼり、ロマンティック派の不道徳を痛論した。ロマンティック派は当時、オリフラム紙やコティディエンヌ紙の批評家らが与えた悪魔派[#「悪魔派」に傍点]の名の下に起こりかけていたのだった。検事はいかにも真《まこと》らしく、シャンマティユーいや換言すればジャン・ヴァルジャンの犯罪は、その敗徳文学の影響であるとした。その考察が済んで、彼は直接ジャン・ヴァルジャンに鋒先《ほこさき》を向けた。ジャン・ヴァルジャンとはいったい何物であるか? 彼はそこでジャン・ヴァルジャンのことを詳細に描出した。地より吐き出されたる怪物|云々《うんぬん》。それらの描出の模範はこれをテラメーヌ([#ここから割り注]訳者注 ラシーヌの戯曲フエードル中の人物[#ここで割り注終わり])の物語のうちに求められる
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