。時々彼はそれを感じて、身を震わした。
 彼はあたかも深淵《しんえん》に身を投ずるがごとく暗夜のうちにつき進んだ。何かが彼を押し進め、何かが彼を引っ張っていた。彼のうちに起こってることは、だれもそれを語り得ないであろう。しかしやがてだれにもわかることである。生涯中少なくも一度はこの不可解な暗い洞窟《どうくつ》にはいらない者は、おそらくないであろう。
 要するに彼は、何も決心せず、何も決定せず、何も確定せず、何もなさなかったのだった。彼の本心の働きには何も決定的なものはなかったのである。彼は初めより一歩も出てはいなかった。
 何ゆえに彼はアラスへ行こうとしたのか?
 彼はスコーフレールの馬車を借りながら自ら言ったことをまた繰り返していた。「どんな結果をきたそうと、その事件を自らの目で見、自ら判断するに、不都合はあるまい。――いやそれはかえって用心深いやり方だ。どんなことになるか知らなければいけないのだ。――自分で観察し探査しなければ何も決定することはできないものだ。――遠くからながめると何事も大袈裟《おおげさ》に見えるものだ。ともかくも、どんな賤《いや》しい奴《やつ》かそのシャンマティユーを見たならば、自分の代わりにその男が徒刑場にやられても、自分の心はおそらくそう痛みはしないだろう。――なるほどそこにはジャヴェルと、自分を知ってる古い囚徒のブルヴェー、シュニルディユー、コシュパイユがいるだろう。しかし確かに彼らは自分を看破《みやぶ》ることはできまい。――ああ何という下らないことを考えてるんだ!――ジャヴェルの方はもう大丈夫だ。――それにあらゆる推測と仮定とはそのシャンマティユーの上に立てられている。そして推測と仮定ほど頑固《がんこ》なものはない。――でそこへ行っても何らの危険もないわけだ。」
「もちろんそれは喜ばしいことではない。しかし自分はすぐにそれから脱することができよう。――結局、自分の運命はいかに悪かろうと、自分はそれを自分の掌中《しょうちゅう》に握っている。――自分は今自ら運命の主人公である。」
 彼はそういう考えに固執していた。
 うち明けて言えば、心の底ではアラスへ行かない方を彼は望んだであろう。
 けれども、彼はやはりそこへ行こうとしたのである。
 考えにふけりながら、彼は馬に鞭《むち》をあてた。馬は一時間二里半の速度で正確によくかけていった。
 馬
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