ィユーは約三十年前にファヴロールを中心に各地で枝切り職をやっていた。ところがファヴロールで行方《ゆくえ》がわからなくなった。その後久しくしてオーヴェルニュに姿を見せ、次にパリーに現われた。そこで彼は車大工をやり、娘が一人あって洗たく業をやっていたというが、それは証拠不十分であった。そしてついにあの土地にやって行った。しかるに、加重情状の窃盗罪で徒刑場にはいる前、ジャン・ヴァルジャンは何をしていたかといえば、枝切り職であった。そしてどこにおいてかといえば、やはりファヴロールにおいてであった。なおその上他にも事実がある。ジャン・ヴァルジャンはその洗礼名をジャンと言い、その母は姓をマティユーと言っていた。で徒刑場を出るや、彼が前身をくらますために母の姓を取ってジャン・マティユーと名乗ったという推察は、至って自然のことである。そして彼はオーヴェルニュに行った。その地方ではジャンをシャンと発音するので、彼をも自然シャン・マティユーと呼んだ。でその男はそのままシャンマティユーと変わったのである。……おわかりになりましたでしょう。それからファヴロールに調査が進められました。ジャン・ヴァルジャンの家族の者はもはやそこにいませんでした。どこへ行ったかもうわかりません。御存じでもありましょうが、こういう階級では全家族が突然姿を消すことは往々あります。いくらさがしても見い出せません。こういう奴らは泥のようであるかと思うと、また埃《ほこり》のように散り失せるものです。それにまた、この話の初まりは三十年も前のことですから、ファヴロールにはジャン・ヴァルジャンを知っている者もいません。ツーロンの方を調べますと、ジャン・ヴァルジャンを見たという者はブルヴェーのほか二人の囚人しかいません。それは無期徒刑囚のコシュパイユとシュニルディユーという二人です。でその二人を徒刑場から引き出して連れてきました。そしてその自称シャンマティユーを見せると、彼らは少しの躊躇《ちゅうちょ》もしなかったのです。ブルヴェーと同じく彼らの目にも、その男はジャン・ヴァルジャンだったのです。同じく五十四歳で、同じ身長で同じ様子で、どうしても同一人です、彼です。ちょうどその時私はパリーの警視庁に告発状を送ったのです。その返事には、私は気が狂ったのだ、ジャン・ヴァルジャンは司法の手に捕えられてアラスにいるということでした。私は、こ
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