ながら、親しげにうなずいて兵士らに低い声で言った。
「皆さん、許してやれと警視さんがおっしゃったから、私行きますわ。」
彼女は※[#「金+饌のつくり」、第4水準2−91−37]《かきがね》に手をかけた。今一歩で外に出るところだった。
ジャヴェルはその時まで立ちつくしていた。身動きもしないで、床《ゆか》に目を落として、位置を動かされてどこかに据えられるのを待ってる立像のように、この光景のまん中に立ちつくしていた。
※[#「金+饌のつくり」、第4水準2−91−37]の音は彼を覚《さま》した。彼は頭を上げた。顔には、主権者の権力の表情、下等なものになればなるほどいっそう恐ろしくなり、野獣においては獰猛《どうもう》となり、卑しい人間においては凶悪となる表情があった。
「下士官、」と彼は叫んだ、「そいつが出て行こうとするのが見えないか。そいつを許せとだれが言った。」
「私です。」とマドレーヌは言った。
ファンティーヌはジャヴェルの声に震え上がって、盗賊が盗んだ品物を放すように※[#「金+饌のつくり」、第4水準2−91−37]から手を放した。マドレーヌの声に彼女はふり向いた。そしてその時から、一言も発せず、息も自由につかないで、二人が口をきくにつれて、マドレーヌからジャヴェルへ、ジャヴェルからマドレーヌへ、かわるがわる目を移した。
市長がファンティーヌを許してやるように申し出た後、あえてこのように下士官を呼びかけるには、ジャヴェルはいわゆる「箍《たが》を外《はず》して」いたに違いない。そのために彼は市長がそこにいるのも気付かなかったのであろうか。または、いかなる「権力」といえどもかかる命令を与えることはできないと信じ、市長が自ら気付かずして何か取り違えてかかる言を発したのであると信じたのであろうか。もしくは、二時間前から目撃してきた暴行の前において、いよいよ最後の決断を取らなければならないと思い、小官も大官となり、一個の刑事巡査も長官となり、警官も法官となることが必要だと思い、この危急な場合においては、秩序、法律、道徳、政府、社会すべてが、おのれジャヴェル一個のうちに代表せらるべきものであると信じたのであろうか。
それはともかくとして、前のごとくマドレーヌが私です[#「私です」に傍点]という言葉を発した時に、警視ジャヴェルは市長の方へ向き直り、青くなり、冷たくなり、
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