始に神の霊水の上に漂いたりき」に傍点]」という句についての論があった。彼はこの句に三つの原文を対照さした。アラビヤの文には、「神の風吹きたりき[#「神の風吹きたりき」に傍点]」とあり、フラヴィウス・ヨセフスによれば、「いと高きより風地上に落ちきたりたりき[#「いと高きより風地上に落ちきたりたりき」に傍点]」であり、終わりにオンケロスのカルデア語の説明によれば、「神よりきたれる風水の面に吹きたりき[#「神よりきたれる風水の面に吹きたりき」に傍点]」であるというのだった。も一つの論においては、本書の作者の曾祖伯父《おおおじ》であるプトレマイスの司教ユーゴーの神学上の著述を調べて、十八世紀にバルレークールという匿名で公にされた種々の小冊子はこの司教に帰せなければならない、ということを彼は確かめている。
 時としては、手にした書物が何であろうとその読書の最中に、彼は突然、深い瞑想に沈んだ。そしてその瞑想からさめると、いつも書物のページに数行したためるのであった。その数行は往々その書物に書いてあることと何の関係もないことがあった。ここに彼がある四折本の余白に書きつけた文句が一つある。その四折本の題はこういうのであった。「クリトン将軍[#「クリトン将軍」に傍点]、コルンワリス将軍[#「コルンワリス将軍」に傍点]、並びにアメリカ鎮守府の提督らとかわしたる[#「並びにアメリカ鎮守府の提督らとかわしたる」に傍点]、ゼルマン卿の書信[#「ゼルマン卿の書信」に傍点]。ヴェルサイユ[#「ヴェルサイユ」に傍点]、ポアンソー書店[#「ポアンソー書店」に傍点]、および[#「および」に傍点]、パリー[#「パリー」に傍点]、オーギュスタン河岸[#「オーギュスタン河岸」に傍点]、ピソー書店[#「ピソー書店」に傍点]、発行[#「発行」に傍点]。」
 彼の文は次のごときものである。
「おお汝《なんじ》はだれぞ!
 伝道書は汝を全能と呼び、マカベ書は汝を創造主と呼び、エベソ人《びと》に贈れる文《ふみ》は汝を自由と呼び、ベーラク書は汝を無限と呼び、詩篇《しへん》は汝を知恵および真理と呼び、ヨハネは汝を光と呼び、列王記は汝を主と呼び、出埃及記《しゅつエジプトき》は汝を天と呼び、レヴィ記は聖と、エズラ書は正義と、万物は神と、人は父と呼ぶ。しかれどもソロモンは汝を慈悲と呼ぶ。しかして、これこそ汝のあらゆる名のうちの
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