皆、軽蔑と反感と嫌悪《けんお》とをもって見ていた。彼は絶対的であって、いっさいの例外を認めなかった。一方では彼は言った、「職務を帯びてるものは誤ることはない、役人は決して不正なことをしないものだ。」他方ではまた彼は言った、「こいつらはもう救済の途はない、何らの善もなし得ない者だ。」世には極端な精神を有していて、刑罰をなすの権利あるいは言い換えれば刑罰を定めるの権利を人間の作った法則が持っているように信じ、社会の底に地獄の川スティックスを認める者がいる。ジャヴェルもまたそういう意見を多分に持っていた。彼は禁欲主義で、まじめで、厳格であった。憂鬱《ゆううつ》な夢想家であった。狂信家のように謙遜でまた傲慢《ごうまん》であった。彼の目は錐《きり》のごとく、冷たくそして鋭かった。彼の一生は二つの言葉につづめられる、監視と取り締まりと。彼は世間の曲りくねったものの中に直線を齎《もたら》した。彼は自己の有用をもって良心となし、自己の職務をもって宗教となしていた。彼の探偵たることはあたかも牧師たるがごとくであった。彼の手中に落ちたる者は不幸なるかなである。彼は父がもし脱獄したらんには父を捕縛し、母がもし禁令を犯したらんには母をも告発したであろう。そして徳行によって得らるるごとき一種の内心の満足をもってそれをなしたであろう。その上に、貧しい生活、孤独、克己、純潔をもってし、何らの遊びにもふけらない。彼は厳格なる義務それ自身であり、あたかもスパルタ人らがスパルタに身をささげたがごとくに献身的な警官であり、無慈悲な間諜《かんちょう》であり、恐るべき正直さであり、冷酷なる探偵であり、名探偵ヴィドックのうちに住むブルツスであった。
 ジャヴェルの全身は、物をうかがいしかも身を潜める男そのものを示していた。当時のいわゆる急進派新聞に高遠な宇宙形成論の色をつけていたジョゼフ・ド・メーストルを頭《かしら》とする神秘派は、必ずやジャヴェルを一つの象徴であると称《たた》えたであろう。彼の額は帽子の下に隠れて見えず、彼の目は眉毛に蔽《おお》われて見えず、その頤《あご》はえり飾りのうちに埋まって見えず、その両手は袖のうちに引っ込んで見えず、その杖はフロックの下に隠されて見えなかった。しかしながら一度時機至れば、角張った狭い額、毒々しい目付き、脅かすような頤、大きな手、および恐ろしい太い杖などが、その陰のう
前へ 次へ
全320ページ中186ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング