葉で彼をフランスに紹介していた、あるバイロン卿とかいう者[#「あるバイロン卿とかいう者」に傍点]。ダヴィッド・ダンジェは熱心に大理石を弄《いじ》くっていた。カロン師は、フイヤンティーヌの袋町の神学校生徒の小さな集会で、後にラムネーとなったが当時まだ世に知られてなかった一牧師フェリシテ・ロベールのことを、非常に称賛して話した。泳いでる犬のような音を出してセーヌ河上に煙を吐き蠢《うご》めいている一つの物が、チュイルリー宮殿の窓下をロアイヤル橋からルイ十五世橋まで往来していた。それはつまらない一の機械であり、一種の玩具《おもちゃ》であり、妄想《もうそう》発明家の夢想であり、一つの空想であった、すなわち蒸汽船であった。パリー人は無関心の態度でそのばかな物をながめた。断行と規定と多数の任命とによって学士院会を改革した人であり、多くのアカデミー会員を推挙した有名な人であるヴォーブラン氏は、それらのことをした後に、自らはアカデミー会員となることができないでいた。サン・ジェルマン郭外とマルサン村とは、その警察長にドラヴォー氏を望んでいた、それは彼の熱誠のためであった。デュビュイトランとレカミエとは、イエス・キリストの神性について、医学校の階段教室で互いに論争してなぐり合うほどだった。一方の目で創世記を見、他方の目で自然を見ているキュヴィエは、化石を創世記の原文と比べてみたり、象鼻動物をしてモーゼのことをほめ称《たた》えさしたりしながら、妄信的《もうしんてき》反動に媚《こび》を呈していた。パルマンティエの記録のほむべき研究家たるフランソア・ド・ヌーシャトー氏は、ポンム[#「ポンム」に傍点]・ド[#「ド」に傍点]・テール[#「テール」に傍点](馬鈴薯《ばれいしょ》)をパルマンティエール[#「パルマンティエール」に傍点]と一般に言わせようとして、大層な努力をしていたが、それに成功しなかった。グレゴアール師は、もと司教であり、もと民約議会員であり、もと元老院議員であったが、王党の論戦において「破廉恥なるグレゴアール」の状態に陥っていた。ここにわれわれが使った「の状態に陥る[#「の状態に陥る」に傍点]」という言い方は、ロアイエ・コラール氏によって新語法として指摘せられていた。イエナ橋の第三の橋弧の下には、ブリューヘルが橋を爆発させんために穿《うが》った火薬坑を二年前にふさいだ新しい石を、その
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