てるのである。あの少年の影、というわけではない。あの血の飛沫、というわけでもない。そのようなことを思うほど神経質では、彦一はなかった。事実はそれ自体で完結する、と彼は信じていた。それでも、何かの影のようなものがそこにあって、自然に彼は、肩をそびやかして見廻すのである。反撥の気が眼にこもって、憎悪の念が湧いてくる。
 死神にとっ憑かれたような、あのしょんぼりした姿が、何よりも忌わしいのだった。そしてあれに手をつけたことが、忌わしいのだった。手を洗え。手を洗え。血を流したからではない。
 彼はますますアルコールにしたしむようになった。朝から飲むこともあった。

 そこの、丈高い雑草を押し分けて、しきりに棒で突っついてる男がいた。青いジャケツ、カーキ色の汚れたズボン、なんだか浮浪者めいた姿である。
 彼は背を伸ばし、五十年配の陽やけした顔を挙げ、彦一の方をじろりと見て、軽く会釈をした。田中さんだ。
 狂人、というほどではないが、頭がだいぶおかしいとの評判だった。
 アパート附近の家並の出外れに、荒地があって、その片隅が、塵芥捨場のようになっていた。あちこちからそこへ、塵芥を捨てに来る。塵芥の
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