は、出会いがしらに、ひょいと横へ退いたのか。それはとにかく、足音一つせず、葦の葉擦れの音もしなかった。葦の茂みはひそと静まり返っていて、その表面に、人影だけが、何の厚みもなく、紙のように平べったく、浮き出してるのである。
 とっさに、彦一はぞっとした。鬼気とか、妖気とか、もののけとか、そんなものに触れた感じだ。彼は戦時中、召集されて、北海道で軍隊生活をし、訓練の間には、深山幽谷で孤立した数時間を闇夜のうちに過したこともあるが、嘗て、ぞっとする不気味さを経験したことはなかった。恐怖とか驚駭ならば、まだよいが、へんな不気味さは、どうにもいけない。而もそれが、沼だの葦の茂みだの空襲の焼跡だのがあるにしても、近くに人家が見える東京都内で起ったのだ。
 不気味なのは、その人影が、なまの人間の姿とは見えないことだった。さりとて、幻燈で映し出された像でもない。影の微粒子が寄り集まり凝り固まって、謂わば死気に生きてるのだ。葦の茂みの中を動き廻っても、葉擦れの音さえ立てないだろう。
 酩酊の気魄を眼にこめて、彦一はじっと見つめた。少年の人影は、うつろな眼をこちらに向けてるらしいだけで、身じろぎだにしなか
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