は一つの汽車しか通《とお》さないようにしてあります。それがどうしたまちがいか、たしかに向《むこ》うから汽車が走ってきます。
両方《りょうほう》ともたいへん早く走っていますので、みるみるうちに近よってきました。もし衝突《しょうとつ》でもすれば、どんなことになるかわかりません。いくたりの人が死《し》ぬかわかりません。私はとっさに、汽笛《きてき》をならし、制動機《せいどうき》に手をかけて、汽車を止《と》めようとしました。火夫《かふ》たちもみな立上《たちあが》りました。向《むこ》うの汽車でも、汽笛《きてき》をならしています。
全速力《ぜんそくりょく》で走ってる汽車をとめるのは、よういなことではありません。あまり急《きゅう》にとめますと、脱線《だっせん》してひっくりかえる心配《しんぱい》があります。両方《りょうほう》からぶっつからないうちにとめる、そのわずかなかねあいです。私たちはもう生きた心地《ここち》もしませんでした。
向《むこ》うの汽車はすぐ近くになりました。まっくろなすがた、煙《けむり》をはいてる煙突《えんとつ》、ぎらぎら光ってるヘッドライト……車輪《しゃりん》のひびきまで聞《きこ》えてきます。ぶつかったらさいごです。
そのうち、こちらの汽車はしだいにとまりかけて、一つ大きくゆれてまったく止《とま》ってしまいました。と同時《どうじ》に、向《むこ》うの汽車もとまりました。危《あぶな》いところでした。両方《りょうほう》十七、八メートルしかはなれていませんでした。私はほっとしました。
そのまま、しばらくにらみあいのままでいましたが、さて、線路《せんろ》が一筋《ひとすじ》なので、お互《たがい》に通《とお》りぬけることができません。どちらか後《あと》しざりをしなければなりません。
私の汽車から、火夫《かふ》が一人おりていきました。見ると、向《むこ》うの汽車からも火夫《かふ》が一人おりてきます。両方《りょうほう》からやっていきました。
ところが、私は息《いき》もとまるほどびっくりしました。今まで、すぐ向《むこ》うに、十七、八メートルばかり先《さき》の方に、煙《けむり》をはき光をだし、音までたてていた汽車が、姿《すがた》もなにもなくなって、こちらのヘッドライトの光にてらされた線路《せんろ》が、ただしらじらと遠《とお》くまでうちひらけてるじゃありませんか。そしてなおふし
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