後に戻ったりした。どうしても辿り着きたかったのだ。酔いの一徹心で、是非とも、周伍文のところへ行って、あのうまい濁酒を飲みたかった。もう十日間ばかり無沙汰していたのである。ずいぶん歩いた。
それらしい曲り角が漸く分った。だが、暫くして、またも方向が分らなくなった。その辺、空襲の焼跡で、荒れるがままに見捨てられ、名も知れぬ雑草が茫々と生えていた。高い煙筒や壊れかけたコンクリート塀などが残っていた。もうだいぶ夜更けなのだろう。通行人も見当らなかった。
雑草の中にわけ入り、腰を下して、煙草を吸い、方向を考え、そして……何をしていたやら。
淡い月がいつのまにか出ていた。
見覚えのある女の顔が、俺の方を覗きこんだ。見覚えはあるが、どこの誰だか分らなかった。淡緑のセーターを着て、青いズボンをはいている。
「野島さん……。」
秋の夜気が身にしみて、へんにぞっとし、そして初めて分った。なあんだ、周伍文のおかみさん、千代乃さんじゃないか。
「こんなところで……どうなすったの。」
立ち上ったが、躓きかけた。
「道がすっかり分らなくなった。」
「いらっしゃい。こちらですよ。」
歩きだして、はっき
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