でもスバルでも何でもよい。いや、赤い北極星がよかろう。北極星を仰ぎ見て、そのとたん、舷側の欄干の間から身を躍らす。体は宙に流れて、意識はもう茫とかすみ、海面との衝撃が最後の火花となり、あとは黒闇々の虚無の底。
 船は航行を続ける。俺自身の一片だに後に残らない。だが、波浪のまにまに弄ばれる俺の体の、眼球の底の網膜には、北極星の映像が暫くは残るだろう。このオプトグラムが俺の最後の存在。
 自由意志による方法の選択と、決行後の確実不可避な結果、これこそ真の自殺と言うべきではないか。
 千代乃の場合、あるいは最後に星を仰ぎ見て、それが彼女のオプトグラムとなったかも知れないけれど、それはただ偶然のチャンスで、俺が理解する自殺の決意なんか、毒薬を嚥下する際にも果してあったであろうか。切羽つまった羽目なんてものは、人生にはありがちなもので、そして大した意味はない。
 周さんが泣くのを、俺はぼんやり見守るきりだった。
「日本人のうちで、ほんとうに心からわたしを愛してくれたのは、千代乃一人です。」
 一人あれば充分ではないか。二人も三人もと、慾張っちゃいけない。俺だって、たった一人を求めてきた。
 とは
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