後に戻ったりした。どうしても辿り着きたかったのだ。酔いの一徹心で、是非とも、周伍文のところへ行って、あのうまい濁酒を飲みたかった。もう十日間ばかり無沙汰していたのである。ずいぶん歩いた。
 それらしい曲り角が漸く分った。だが、暫くして、またも方向が分らなくなった。その辺、空襲の焼跡で、荒れるがままに見捨てられ、名も知れぬ雑草が茫々と生えていた。高い煙筒や壊れかけたコンクリート塀などが残っていた。もうだいぶ夜更けなのだろう。通行人も見当らなかった。
 雑草の中にわけ入り、腰を下して、煙草を吸い、方向を考え、そして……何をしていたやら。
 淡い月がいつのまにか出ていた。
 見覚えのある女の顔が、俺の方を覗きこんだ。見覚えはあるが、どこの誰だか分らなかった。淡緑のセーターを着て、青いズボンをはいている。
「野島さん……。」
 秋の夜気が身にしみて、へんにぞっとし、そして初めて分った。なあんだ、周伍文のおかみさん、千代乃さんじゃないか。
「こんなところで……どうなすったの。」
 立ち上ったが、躓きかけた。
「道がすっかり分らなくなった。」
「いらっしゃい。こちらですよ。」
 歩きだして、はっきりした。周伍文の店の近くなのだ。
 表の戸は半分しまり、半分だけ開いていた。つかつかとはいってゆくと、そこの土間には客はなく、奥の小部屋で、周さんとも一人、差し向いで飲んでいた。
 周伍文のこの店はありふれた小さな居酒屋で、おでん、焼酎、安物のウイスキー、などが並んでいた。だが、置台の横手の通路をはいると、奥にまた狭い土間があって、そこでは、懇意なお客が特別なものを味った。豚肉や鶏肉や魚類の中華料理、どれもみなうまかった。それから殊に、上等の濁酒があった。粟で造った薄味のものとか、雑菌がはいってる酸味のものとか、あんなのではない。白米で厳密に製造した、真白なこってりした最上品だ。
 俺は毎晩のようにここに通ったものだ。ただこの十日間ばかり、心に深い悩みがあり、うらぶれて、馴染みの場所を避け、なるべく見知らぬところを彷徨していた。
 俺の姿を見ると、周さんは立ち上って来て、手を執り、はげしく打ち振った。
「待っていましたよ。なぜ来ませんでしたか。どうしていましたか。なぜ来ませんでしたか。」
 言葉はせっかちだが、へんに俺の顔色を窺ってるような眼色だった。
 俺の方でも、なんだか、周さんの
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