い」
彼女はバグリオーニの解毒剤をその唇《くち》にあてると、その瞬間にラッパチーニの姿が入り口から現われて、大理石の噴水の方へそろそろと歩いて来た。近づくにしたがって、この蒼ざめた科学者はいかにも勝ち誇ったような態度で、美しい青年と処女《おとめ》とを眺めているように思われた。それはあたかも一つの絵画、または一群の彫像を仕上げるために、全生涯を捧げた芸術家がついに成功して、大いに満足したというような姿であった。
彼はちょっと立ち停まって、かがんだからだを態《わざ》とぐっと伸ばした。彼はその子供らのために、幸福を祈っている父親のような態度で、かれらの上に両手をひろげたが、それはかれらの生命の流れに毒薬をそそいだ、その手であった。ジョヴァンニはふるえた。ベアトリーチェは神経的に身をふるわした。彼女は片手で胸をおさえた。
ラッパチーニは言った。
「ベアトリーチェ。おまえはもうこの世の中に、独りぽっちでいなくともいいのだ。おまえの妹分のその灌木から貴い宝の花を一つ取って、おまえの花婿の胸につけるように言ってやれ。それはもう彼にも有害にはならないのだ。わたしの学問の力と、おまえたちふたりへの同情とによって、わたしの誇りと勝利の娘であるおまえと同じように、あの男のからだの組織を変えて、今ではほかの男とは違ったものにしてしまったのだ。それであるから、ほかのすべての者には恐れられても、おたがい同士は安全だ。これから仲よくして世界じゅうを通るがいい」
「お父さま。なぜあなたはこんな悲惨な運命をわたくしたちにお与えになったのですか」
ベアトリーチェは弱よわしい声で言った。――彼女は静かに話したが、その手はまだその胸をおさえていた。
「悲惨だと……」と、父は叫んだ。「いったいおまえはどういうつもりなのだ。馬鹿な娘だな。おまえは自分に反対すれば、いかなる力も敵を利することが出来ないような、天賦の能力をあたえられたのを、悲惨だと思うのか。最も力の強い者をも、ひと息で打ち破ることが出来るのを、悲惨だというのか。おまえは美しいと同様に、怖ろしいものであることを悲惨だというのか。それならば、おまえはすべての悪事を暴露されても、どうすることも出来えないような、弱い女の境遇のほうが、むしろ優《ま》しだと思うのか」
娘は地上にひざまずいて、小声で言った。
「わたくしは恐れられるよりも、愛されとう
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