リーチェは静かに言った。彼女は悲しみのあまりに、怒ることさえも出来なかったのである。
「あなたはなぜそんな恐ろしい言葉のうちに、わたくしと一緒に自分自身までも引き入れようとなさるのです。なるほど、わたくしはあなたのおっしゃる通りの恐ろしい人間です。しかし、あなたは何でもないではありませんか。この花園から出て、あなたと同じような人間に立ちまじわるのを見て、ほかの人たちが身ぶるいする、わたくしのような者は問題になさいますな。あわれなベアトリーチェのような怪物《モンスター》が、かつては地の上に這っていたということを、どうぞ忘れてしまって下さい」
「おまえは、なんにも知らない振りをしようとするのか」と、ジョヴァンニは眉をひそめながら彼女を見た。「これを見ろ。この力はまぎれもないラッパチーニの娘から得たのだぞ」
そこには夏虫のひと群れが、命にかかわる花園の花の香にひきつけられて、食物を求めながら、空中を飛びまわって、ジョヴァンニの頭のまわりに集まった。しばらくのあいだ幾株の灌木の林に惹《ひ》き付けられていたのと同じ力によって、彼の方へ惹きつけられていることが、明らかであった。彼はかれらの間へ息を吹きかけた。そうして、少なくとも二十匹の昆虫が、地上に倒れて死んだときに、彼はベアトリーチェを見かえって、苦《にが》にがしげにほほえんだ。
ベアトリーチェは叫んだ。
「分かりました、分かりました。それは父の恐ろしい学問です。いいえ、いいえ、ジョヴァンニ……。それはわたくしではなかったのです。けっして、わたくしではありません。わたくしはあなたを愛するあまり、ほんのちっとのあいだ、あなたと一緒にいたいと思っただけです。そうして、ただあなたのお姿を、わたくしの心に残してお別れ申そうと思っていたのです。ジョヴァンニ……。どうぞわたくしを信じてください。たといわたくしのからだは、毒薬で養われていても、心は神様に作られたもので、日にちの糧《かて》として愛を熱望していたのです。けれども、わたくしの父は……父は、学問に対する同情、その恐ろしい同情で、わたくしたちを結びつけてしまったのです。ええもう、どうぞわたくしを蹴とばして下さい、踏みにじって下さい、殺してください。あなたにそんなことを言われては、死ぬことくらいはなんでもありません。けれども……けれども、そんなことをしたのはわたくしではなかったの
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