のであるが、ともかくも彼はこう想像したのである。ベアトリーチェが子供らしい楽しみをもって虫をながめていると、その昆虫はだんだんに弱って来て、その足もとに落ちた。そうして、その光っている羽《はね》をふるわしているかと見るうちに、とうとう死んでしまった。それがどういうわけであるのか、彼には分からなかったが、おそらく彼女の息に触れたがためであろう。ベアトリーチェはふたたび十字を切って、虫の死骸の上にかがんで深い溜め息をついた。
ジョヴァンニはいよいよ驚いて、思わず身動きをすると、それに気がついて彼女は窓を見あげた。彼女は青年の美しい頭――イタリー式よりはむしろギリシャ型で、美しく整った容貌と、かがやく金髪の捲毛《まきげ》とを持っていた――その頭が中空にさまよっていた、かの虫のように彼女を一心に見詰めているのを知った。ジョヴァンニは今まで手に持っていた花束をほとんど無意識に投げおろした。
「お嬢さん」と、彼は言った。「ここに清い健全な花があります。どうぞジョヴァンニ・グァスコンティのために、その花をおつけ下さい」
「ありがとうございます」と、あたかも一種の音楽のあふれ出るような豊かな声をして、半分は子供らしく、半分は女らしい、嬉しそうな表情でベアトリーチェは答えた。「あなたの贈り物を頂戴《ちょうだい》いたします。そのお礼に、この美しい紫の花を差し上げたいのですが、わたしが投げてもあなたのところまでは届きません。グァスコンティさま、お礼を申し上げるだけで、どうぞおゆるし下さい」
彼女は地上から花束を取り上げた。未知の人の挨拶にこたえるなど、娘らしい慎しみを忘れたのを内心恥ずるかのように、彼女は庭を過ぎて足早に家の中へはいってしまった。それはわずかに数秒間のことであったが、彼女の姿が入り口の下に見えなくなろうとしている時、かの美しい花束がすでに彼女の手のうちで凋《しお》れかかっているように見えた。しかし、それは愚かな想像で、それほど離れたところにあって、新鮮な花の凋《しぼ》んでゆくことなどがどうして認められるであろう。
このことがあってのち、しばらくの間、青年はラッパチーニの庭園に面している窓口に行くことを避けた。もしその庭を見たらば、何かいやな醜怪な事件が、かさねて彼の眼に映るであろうと思ったようであった。彼はベアトリーチェと知り合いになったがために、何か解《げ》し難い
前へ
次へ
全33ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ホーソーン ナサニエル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング