『一切れのパンは世界中の金ほどの値打があります!』とマイダスは答えました。
『何でも金にする力ですか、』見知らぬ人はまた訊きました、『それとも一時間前のような、暖い、やわらかい、愛情のある、あなたの小さなメアリゴウルドですか?』
『おうそれはわしの子、わしの可愛い子にきまっています!』と気の毒なマイダスは、手を揉み絞りながら叫びました。『この大きな地球全体を金のかたまりにしてしまうような力と取りかえようと言われても、わしはあの子の頤《あご》にある小さな靨《えくぼ》一つもくれるんじゃなかった!』
『あなたは前よりも賢《かしこ》くなりましたね、マイダス王、』と見知らぬ人は、真面目な顔になって言いました。『なるほど、あなたの心までが、まだすっかり肉から金になってしまっていたわけではなかったんですね。もしもそうなっていたら、あなたは本当にもう見込みはなかったでしょう。しかしあなたはまだ、誰の手でも届くような所にある極く平凡なものの方が、大勢の人達がそれをほしがって溜息をついたり、争ったりしている財宝よりも貴いのだということがお分りのようですね。さあ、あなたは心底《しんそこ》から、何でも金にする力を捨てたいと思っているのか、それを聞かして下さい。』
『何でも金にする力なんてもういやです!』とマイダスは答えました。
蠅が一匹彼の鼻にとまったと思うと、すぐ床《ゆか》に落ちてしまいました。それもやはり金になってしまったからでした。マイダスはぞっと身ぶるいしました。
『では、あなたの庭の下をしずかに流れているあの川へ行って、水に飛び込みなさい、』と見知らぬ人は言いました。『それと一しょに、あそこの水を瓶《かめ》に一杯持って来て、何でも金から再びもとの物にしたい思うものにふりかけなさい。もしもあなたが本気で心からそうすれば、あなたの欲ばりから起ったわざわいを、もとに返すことが出来るでしょう。』
マイダス王は低く頭を下げました。そして彼が顔を上げた時には、もうその光り輝く人は消えてしまっていました。
マイダスがすぐさま大きな土焼の瓶を取り上げて(しかし、ああ! それも彼がさわったらもう土製ではなくなりました)、川へ急いだことはすぐ君達にも分るでしょう。彼が駆けながら、灌木の間を押分けて行くと、ほかはそうでないのに、彼の通ったあとだけが、秋が来たように木の葉が黄色くなって行く有様を
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